第32話 だったらさ




 

 放課後、アルバイト先の喫茶店にて。

 

 

 「あっちゃんごめんね、お店貸し切らせて貰っちゃって。学校だとみんなが注目しててさ、ゆっくり話せるとこがここしかなくて……」

 

 

 「あっくんの頼みだもん全然いいよ。それに仕方ないよ、だって芦屋あしや明日花あすかちゃんに宝塚たからづかりんちゃん、神戸こうべ景凪けいなちゃんは言わずと知れた有名人だもん。それに月夜つきよちゃんも学校で有名なんでしょ? この四人が集まって注目されない方がおかしいって」

 

 

 あの後、僕はクラスメイトや他の学年の生徒に至るまで数々の質問攻めを受けた。


 

 僕は逃げることに精一杯だった。


 

 そして、なぜか明日花さんは急に席を繋げて一緒に授業を受けようとしてきたり、宝塚さんは授業中でも関係なく振り返って僕の方を見てきていたし。

 姫路さんなんて一言も話さなくなって以前の「氷の女王」と言われていた頃に戻ったみたいだった。



 それからなにをしててもみんなが耳をそばだてているのが分かって、学校では気を遣わずに話すことができなかったのだ。


 

「とにかくもう凄くて、あの騒ぎを抑えるのは時間がかかったよ……」


 

 一方で景凪はというと、あの発言をしてから放課後までずっとすやすやと寝てた。

 神経が太いというかなんというか。


 というか僕もたくさん寝れば景凪みたいに身長が伸びるのだろうか?


 

 

 「その様子じゃ大変だったみたいね……。にしてもどうしたの? みんな険しい顔をしてるけど」


 

 「それは……」

 


 一緒に座っているテーブルを見渡す。

 そこには僕とあっちゃん以外に姫路さんと明日花さん、宝塚さんと景凪が座っていた。


 

 

 みんなはただならぬ雰囲気をかもし出していた。







 「朝の発言はどういう意味?」



 

 明日花さんが景凪を問い詰める。


 


 「どういう意味もなにもそのままだよぉ、つむつむが好きだから付き合いたいってこと」


 



 「ええええええええええぇぇぇ!!!!」


 


 初めて聞いたあっちゃんが驚く。


 



 「ごめん、茜。その反応はもう朝にしたの」


 



 「えぇ……」





 「みんな少し落ち着いて、景凪は昔からこうなんだ。僕が好きというか、僕が作る服が好きみたいで、それが着たくて付き合いたいって言ってるんだよね?」


 


 「もぅ、つむつむはいっつもそう言うんだから。違うって言ってるのに……」


  

 景凪が口を尖らせて机に突っ伏した。


 


 「あ、あなたも苦労してるみたいね……」

 


 

 さっきまで不機嫌だった明日花さんがなぜか景凪に同情しているようだった。




 え、今の一瞬で? いったいなにがあったんだ?


 


 「というか伍くん、神戸さんとはどういった関係なのだ? 呼び捨てだなんてやけに親しそうに見えるが……」


 

 宝塚さんが薄めで僕を見ていた。

 姫路さんもうんうんと頷いている。


 

 

 「それはね、昔――」


 


 僕が話そうとしたとき、バタンっと勢いよく扉が開いた。

 そして、息を切らした女性が入ってきた。


 


 「お客さま。今は貸し切り中なのですみませんが」

 


 あっちゃんがお引取りをお願いするよりも早く、女性が口を開いた。


 


 「景凪さんっ! ぜぇぜぇ……やっと見つけましたよ!! どうしてガルコレを辞退なんてしたんですか!?」


 


 「あ、垂水たるみちゃんだ。どしたの?」



 どうやら景凪と面識があるようだった。

 マネージャーさんだろうか。



「どしたの? じゃないですよ! せっかく留学してたフランスから戻ってきたのにガルコレは出ないわ、転校してるわでとても探したんですよ。事務所も大騒ぎになっています! 転校はともかく、どうして勝手にSNSでやめるなんて言ったんですか!?」


 

「えー、だって今さら日本のファッションショー出るなんてつまんないよ。東京ティーンズガールコレクションだっけ? インフルエンサーブランドばっかで似たようなデザインだし。つまんないよぉ」


 

「た、たしかに海外のコレクションと比べると見劣りする部分はあるかもしれません、ですが今後の景凪さんのキャリアを考えてのことです。モデルの次を考えた時に日本での地盤を固めるために必要なんです!」


 


 なるほどな、と僕は思った。



 

 海外のコレクションに出るファッションモデルのピークというのは意外と短く、10代後半から20代前半が多く30代のモデルとなると途端に数が少なくなる。


 

 ファッションショーは有名な人であってもオーディションで採用されることが多く、移り変わりも激しいためモデルだけで長く活動するのは難しく、セカンドキャリアとしてタレントや俳優などといった道を歩く人も多い。


 

 一般的な知名度をより強固にするためにガルコレの出場が必要ということだったのか。


 神戸景凪という人間を長い目で見て支えてくれるなんて、良い事務所だな。


 


 「景凪、自分で勝手にやめるって言ったんだね。体調が悪くなったんじゃないかと心配したんだよ? ファンの皆も心配してると思うよ? あとでちゃんとごめんなさいしようね」


 

 「……うぅ、ごめんなさいする」




 「あ、あの景凪さんが素直に言うこと聞くなんて!?」



 

 景凪は自由人で気分屋なところはあるけど、昔から僕の言うことだったら聞いてくれるんだよね。

 

 

 

 「でもやっぱりつまらないからやる気出ないよぉ」


 

 「景凪さん、そんなことをおっしゃらずにどうか!」

 


 それでも渋る景凪に、垂水さんは懇願していた。


 

 「だったらさ、つむつむが服作ってくれるなら景凪はショー出る。久々につむつむが作る服が着たいなぁ」


 


 「え、僕!?」


 

 急に話題に出された僕は驚く。


 

 「それで景凪さんが出るというなら……。あなたのことはちょっと存じあげませんが、どうかぜひ作ってもらえませんか? 無理なお願いだということは分かってますがお願いします!!」


 

 垂水さんが僕に頭を下げる。

 困っている人はほっとけないよ。


 

 「か、顔を上げて下さい。僕で良ければ頑張りますが、そもそも無名な僕なんかガルコレに出られるのかな……」


 

 引き受けたものの、不安が口をついて出た。


 

 「その点に関しては大丈夫だよ。つむつむの服はすごいし、なんて言ったってあの『CELENAセレーナ』の弟子だもん」



「ええぇええ!!? 『CELENA』さんは弟子を取らないと言っていましたが……。こうしてはいられません『CELENA』のお弟子さんのブランドとなれば話題性も抜群ですし、ガルコレに出ても問題ないと思います。というか今すぐに運営に問い合わせてなんとしてでも出てもらえるようにします! それでは!」



 垂水さんはそう言って喫茶店を飛び出して行った。




 「慌ただしい人だったね……」




 「うん、垂水ちゃんはいっつもあんな感じなんだ」



 のんびりとした景凪には、あのくらいのスピード感のある人が合ってるのかもしれない。



 こうして僕は急遽、ガルコレにデザイナーとして出ることになってしまったのだった。


 

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