第31話 付き合って?
「はー、帰ってきたー。今日もコーヒーが良く出たな。最近は僕に淹れて欲しいって言ってくれる人も増えてきて嬉しいな」
とある日の夜、僕は喫茶店のアルバイトを終えて家に帰ってきた。
その足で僕は冷蔵庫を開けて中身を確認する。
「作り置きしてたものは昨日で食べ終わったから今日は料理しなくちゃね、明日のお弁当のおかずも作っておこっと。そうだ、今日はかぐやちゃんの配信を見ながら料理しようかな」
そう言って僕は冷蔵庫から食材を取り出す。
スマホをキッチンに置いてスタンバイ完了だ。
『はーい、星月かぐやだよ。今日はねー、雑談配信するよー』
「いつ聞いてもこの声には癒されるなー、この前はちょっと怖かったけど……。今日はどんなことを話すんだろう?」
この前のゲーム配信を思い出して少し震える僕だったが、かぐやちゃんの配信は基本的にはその話し方やかわいい声に癒されることが多い。
これを聞いて僕は明日も頑張ろうと思えるんだよね。
『聞いて聞いて! かぐやねー、最近はメイクとかファッション頑張ってるんだよ! それでね、それがすっごい奥が深くてね。今までなんでやってこなかったんだろーって思うくらい楽しいの!』
「うんうん、姫路さんほんと頑張ってるよね。メイクはどんどん上手くなって美人な姫路さんに可愛さがプラスされて控えめに言って最強だと思うし、これまで自分には似合わないんじゃないかってファッションにも色々と挑戦しててさ。見た目はもちろんだけど内面から変わってきてるなって思うよ」
僕は手を動かしながら最近の姫路さんを思い出していた。
・ゲームだけじゃなかったんだ
・絶対かわいいじゃん
・どこのブランドが好き?
『みんな私のことゲーマーだと思ってるでしょー、ちゃんと女の子してるんだよ? ブランドはこれと言って決めてなくてビビッときたものを買ってる感じかな。でも
・あれめっちゃいいよね、私も憧れてる
・モデルの
・調べたけど結構高いな
・社会人だったら頑張れば買えるかもって感じか
「前に姫路さんに「
似合いそうなブランドを教えて欲しいと聞かれた時にいくつか紹介したんだけど、CELENAはその内のひとつだった。
『そうそう!
東京ティーンズガールコレクションは10代の女子に向けて、数多くの人気ブランドや有名人が出場するファッションの祭典だ。
今回、スーパーモデルの神戸景凪が出るということで話題となっていた。
・モデルだし高飛車なんじゃね
・たしかにモデルって性格キツそう
・てか神戸景凪がガルコレ辞退するってさっきフォトスタで言ってたよ
・え、まじ?
・まじまじ
『え、景凪ちゃんガルコレ出ないの? うわ、ほんとだ。急にどうしちゃったんだろう?』
「え?」
僕も聞いてて驚く、神戸景凪といえば海外のファッションブランドのランウェイを歩いたり、広告を飾るトップモデルだ。
人間離れしたスタイルとアンニュイな雰囲気でどんな服をも着こなし、数々のブランドのミューズとなっている。
神戸景凪がその服を着れば売り上げが何倍にも伸びると言われている。
そんな彼女が出ないということが及ぼす影響は大きいだろう。
それからかぐやちゃんの配信の話題は別のことに移り、それを聞きながら僕は料理を進めた。
「よし、出来た!」
そうこうしているうちに今日の料理が完成した。
今日は野菜たっぷりのコンソメスープとチキンのソテーを作ったのだ。
スープで手軽にビタミンを摂れて、鶏肉はタンパク質も豊富なのに低カロリーだから沢山食べても太らないし、おまけに安い。一人暮らしの強い味方だ。
近くのパン屋さんで買ったバゲットを添えて、完成したそれらをテーブルに並べる。
「いただきます。にしてもいきなり辞退するなんて、ほんとにどうしたんだろう? まあ
僕は星月かぐやちゃんの配信で触れられた話題について考えながら、ご飯を食べたのだった。
そして神戸景凪がガルコレを辞退するというニュースはその日のうちに瞬く間に広がっていった。
○ ●
次の日、朝のホームルーム。
「おーい、席につけー。今日もまたまた転校生が来たぞー」
「え、また?」
「転校生多すぎね?」
(いや、ほんとにね。短期間に僕を含めて4人目だぞ)
クラスメイトたちが騒つくが少し慣れた様子だった。
「まぁ、逆瀬川は置いといて芦屋明日花さんに宝塚鈴さんだろ? もう誰が来ても驚かねぇぜ」
「転校生も気の毒だよね。こんなにビックネームが転校してきた後で転校してくるなんてね」
「私だったらそれ知ってたら恥ずかしくて入ってこれないかも」
「まあ転校生はなにも悪くないんだし暖かく迎えてやろうや」
(たしかに、僕も明日花さんや宝塚さんの後に転校してきてたらなんか気まずかったかも)
僕はもしもそうだった時のことを想像してゾッとしたが、そうじゃなくて良かったと胸を撫でおろした。
「よーし、入ってこーい」
「はぁい」
力の抜けた声がしたあと扉が開く。
そして誰もが息を飲む。
流れるような綺麗な水色の髪は前髪のあるショートボブに切り揃えられている。
180cmの長身にちょこんと乗った小さい頭、それに加えて股下比率がおかしくて体のほとんどが足なんじゃないかと錯覚させるほどのスタイルの良さ。
半目のような気だるそうな瞳が独特の雰囲気をかもし出していた。
「ども、
軸をぶらさずに一本の直線を歩くように優雅に入ってきったのはいま話題騒然のスーパーモデル、
「「「「えええええええぇえぇぇえぇええええええぇえ!!!!!」」」」
教室が爆発したかのように騒がしくなる。
「昨日、ガルコレ辞退を発表した神戸景凪!?」
「足なっが! 顔ちっさ!」
「あれほんとに私と同じ制服?」
「ハイブランドに見えてきた」
「なんかイメージと違うような……」
「はい、静かにー。みんな仲良くしてやってくれよ。神戸の席は……逆瀬川の後ろが空いているな。あそこに座ってもらおうか」
先生はあたりを見回したあと僕の後ろの席を指さした。
「またかよ!」
「ちっ」
「逆瀬川の周りの席、空きすぎじゃね?」
(僕もそう思ってるよ!! 僕の周りにいた人たちはいったいどこに行ったんだ!)
しゃなりしゃなりとこちらに向かって歩いてくるその姿は、この教室がランウェイになったんじゃないかと錯覚させる。
景凪は僕の席の前で止まって小さくしゃがんだ。
「見つけたよぉ、つむつむ。ねぇ、私と付き合って?」
ふにゃりと首をかしげる姿は、スーパーモデルから連想するものとは違ってこどものようでとても可愛かった。
「「「「「「はああああああああああ?!?!?!!」」」」」」
教室が阿鼻叫喚に包まれる。
「な、なに言ってんのよ!? それって仕事に付き合ってって意味よね!?!?」
明日花さんが隣から突っ込む。
「んー? 違うよぉ」
「で、では恋人役ということだな!? そうなんだろう!?」
宝塚さんがバッと振り向いてそう言った。
「役……? それも違うなぁ」
「じゃ、じゃあどういう意味ですか……?」
おずおずと姫路さんが尋ねる。
「つむつむのことが好きだから、付き合って欲しいってことだよ?」
「え」
「え」
「え」
質問をしていた三人が固まる。
次の瞬間、絶叫がこだました。
「「「えええええええぇええええええええ!!!!」」」
「ね? つむつむ、いいでしょ?」
当の本人は周りの反応なんて意にも介していない様子だった。
(景凪って昔からマイペースなんだよなぁ。はぁ、どうしてこうなった……)
僕はこれからのことを考えてため息をつくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます