第30話 【鈴side】君の前でなら ②
遊園地を楽しんでいる私たちだったが、引っかかっていたことを彼に告げる。
引っかかっていたこと、それは話し方だった。
彼氏役なのに敬語はどうかと思ったのだ。
(それに、こんなよそよそしい感じはなんだか嫌だ……)
「わかりました……いや、わかった。たまに敬語でちゃうかもしれないけどその時はごめんね?」
そして名前の呼び方も変えることにした。
「じゃ、じゃあ……鈴」
「うむ、悪くない響きだ」
(いい! いいぞ! かわいい男の子に呼び捨て呼ばれるのはグッとくるものがあるな!)
次に、伍くんは呼び方を変えた。
「え、えーと、鈴ちゃん」
「うむ、それがいいな!!」
(いいぞ! これだ!! 小さくてかわいい男の子にちゃん付けで呼ばれるなんて甘えられている気分だ。それにいつもさん付けか様付けだったから、女の子みたいにちゃん付けで呼ばれるのに憧れていたのだ!)
「色々考えたけど、鈴ちゃんって呼ぶことにするよ」
「うむ、そうしてくれ!」
途中で色々と声が聞こえてきたが、呼び方は鈴ちゃんに決まった。
もう一度鈴ちゃんと呼んで欲しくて、私は彼の名前を呼ぶ。
「伍くん」
「はい」
(むっ、そうじゃないのだが)
名前を呼んで、呼ばれてそうしたやりとりが恋人らしいのではないかと私は思う。
あ、あくまで役作りの一環だぞ?
「伍くん」
「どうしたの?」
(気づいてくれないのか? むむむ)
これで最後にしようと、私はまた彼の名前を呼ぶ。
「伍くん」
そこで彼はなにか気づいた顔をした。
「鈴ちゃん」
ただ名前を呼ばれるのがこんなにも嬉しいとは思わなかった。
「なぁに?」
気づけば私は自分でも初めて聞くような声で返事をしていた。
なぜか伍くんはその場でひざまずいていた。
「ふむ、溺愛する彼女とはこういう感じなのだろうか……まだ分からないな……」
照れ隠しのために私は考えているフリをする。
すると、声をかけられたのだった。
「ひゅー、そこの美男美女カップルさん。見せつけてくれちゃって熱いねー」
○ ●
突然のおばけの登場に怯えながらも、私はお化け屋敷へと入っていった。
他人に自分のカッコ悪いところを見せられない私の意地でもあった。
それと同時に伍くんなら受け入れてくれるような気がしていたのだった。
お化け屋敷の中で、私はやはり怯えて思うように動けなくなっていたのだが伍くんはものともせずにいた。
私よりも小さいはずの背中がこのときは大きく見えた。
なんとかリタイアせずに脱出できたのだが、最後の最後で腰を抜かしてしまった。
「あ……あ、あれは本物だったと言うのか!? はぅ、こ、腰が……」
「鈴ちゃん大丈夫!?」
(うぅ、やっぱり怖いものは怖い……伍くん、こんな私は置いていってくれていい……)
そう思っていた時だった。
「ごめん、ちょっと失礼するね」
伍くんは、私を両手で抱き抱えたのだ。いわゆるお姫様抱っこだった。
突然のことに私はうろたえてしまう。
「なななな、なにをしてるんだ!! 私は背が高いし、重いんだぞ!!」
(は、恥ずかしい! それに伍くんに重たいと思われたくない!!)
「出口で座ってるよりベンチで休んだ方が良いかと思って。それに鈴ちゃんは重くないよ、落とさずに運ぶから安心して? こう見えて僕は鍛えてるんだよ? 女の子ひとりくらいワケないさ」
前に体を触ったときにも思ったが伍くんは相当鍛えているらしい、自分よりも大きな軽々と私を持ち上げていた。
「わわわわ、私がお姫様抱っこ、されるなんててて……はわわわわ。」
自分がお姫様抱っこをされる日が来るなんて夢にも思っていたかった。
本当に夢のようだ。
「僕に触られて嫌だよね? ごめんね、もう少しの辛抱だから……」
「そ、そんなことは……。きゃう……」
(か、顔が近いぞ!)
私は恥ずかしさと嬉しさの中で、顔を伏せてしまうのだった。
私は王子様ではなくて、お姫様になっていいんだろうか?
伍くん、君の前でならそうなれるんじゃないかと思ってしまうよ……。
○ ●
私はそのままベンチまで運ばれて体調を整えた。
体調が戻るのに時間がかかったが、これは絶対に伍くんのせいだと思う。
そして私の体調が整ったのを確認した伍くんは、心配そうな顔であることを質問してきた。
「どうして怖いのが苦手なのにおばけ屋敷に入ったの?」
「それはだな……ここではなんだから……あれに乗ろう」
このままベンチで話しても良かったのだが二人っきりになりたかった私は観覧車に乗ることを誘い、そこで理由を話すのだった。
○ ●
観覧車で私たちは横並びで座り、話をしていた。
「そういうことだったんだ……」
(私の普段のイメージからは程遠くて幻滅してしまっただろうな)
「結局はカッコ悪いところを見せてしまったのだがな……。はは、笑ってくれ」
そういって私は自虐的に笑った。
「僕はその努力を笑わない。カッコ悪いなんて思わなかったし、むしろかわいいなって思ったよ?」
「か、かわいいだと!? あんな醜態を晒したんだぞ!? ば、馬鹿にしているのか!?」
「馬鹿になんてしてないよ」
伍くんは私の目をしっかりと見据えて話してくれた。
「いつもは姿勢正しくピシッとしている鈴ちゃんが腰が引けてて足がぷるぷるしててさ、落ち着いたかっこいい声で話すのにおばけが出てきたら大きな声で驚いたり、腰が抜けちゃったりしてさ。その全部がかわいいなって思ったよ。こんな姿を見たらみんなもかわいいって思うはずだよ。新しい魅力だし、それこそ役の幅がひろがるんじゃないかな?」
「役の幅が広がる、か……。それは喜ばしいことだが、さっきからかわいい、かわいいとそんなに言うな! こ、こんな姿を他の誰かに見せるのは恥ずかしすぎるから、見せるのは伍くんだけにするからな!!」
(ふふ、彼の前だと自分の裏側も情けないところも、全て出していいんじゃないかって思えるよ。まるで魔法にかかったようだ、この遊園地の雰囲気がそうしているんだろうか? それとも……)
「それはもったいないなー、こんなに魅力的なのに。まぁ、ずっと自分の中で抱えるのも辛いだろうから僕だけには色んな弱いところ見せていいよ? 僕が受け止めてあげる……今度は彼氏役じゃなくて」
「彼氏役じゃなくて……?」
(ま、まさか!?)
「ひとりの友達として!!」
「は?」
「え?」
求めていた言葉とは全く違っていた。
私は間抜けな顔をしていることだろう。
(なんでこれまでは求めていた以上の言葉をくれたのに、こういう時だけどうして!!)
「ご、ごめんなさい。友達だなんておこがましかったですよね。宝塚さんすみませんでしたあああああ!!」
「ち、違うのだ。それに、いまさら宝塚さんだなんて言うな。私は友達じゃなくてだな……」
「友達じゃなくて……?」
私は伍くんの顔に徐々に近づいていく。
(戸惑っているその顔もかっこいいな……)
ドキドキと胸が高鳴る。
お化け屋敷なんて比じゃないくらいに心臓が騒がしい。
(あと少し……)
バンッ! バンッ! バンッバンッバンッ!!!
その音を聞いて我に帰る。
(はっ! 私はいまいったいなにを!?)
振り返れば喫茶店にいた女の子たちが後ろの観覧車に乗っていたのだった。
前に連絡先を交換してから行き先を教えたが、まさか着いてきていたとは……。
それから私たちは伍くんには分からないような水面下で一悶着ありながらも、5人で遊ぶことになったのだ。
(初めはこんな気持ちになるなんて考えてもいなかった。行き先を教えなければ良かったな……失敗した。まだもっと二人っきりで遊びたかったのだがな……)
こうして伍くんとの役作りのための遊園地デートは少しもやもやとしながら終わりを告げたのだった。
その日の帰り道。
不完全燃焼感が否めなかった私はどうすればいいか考えて、とあることを思いついたのだ。
「そうか! 伍くんともっと一緒にいるためには、同じ学校へ通えばいいのではないか!?」
思いついたら即行動が私の良さだと思う。
そのまま帰らずに転校の手続きをしに学校へ向かったのだった。
○ ●
「失礼する」
伍くんが驚いている、しかし前髪で顔を隠していてもったいないなと感じる。
あんなにかわいくて、そしてかっこいいのに。
「初めまして、武庫川音楽学校から役作りのために転校してきた。宝塚鈴だ。みんなよろしく頼む」
クラスメイトが目が点になって私のことを見ているのがわかる。
しかし、私の視線はひとりだけに向けられていた。
(私服も良かったけど制服姿もいいな! ネクタイを締めててかっこいい……)
「はい、静かにー、転校生が多いけどみんな仲良くしてやってくれよ。宝塚の席は……逆瀬川の前が空いているな。あそこに座ってもらおうか」
(あ、伍くんの前!? 授業中ずっと私のことを見てもらえるというのか!? )
私は伍くんの前の席に座ったあと、振り返る。
「あれから考えたんだが、まだ役作りが甘いことに気づいてね。だから君のそばにいるのが一番良いと思ったんだよ」
(これは嘘ではない。君の前では私はカッコ悪いところも、みっともないところも見せられるんだ。そんな自分を好きになってきている自分もいる。この気持ちをもっと知りたいのだ……。そうすれば役作りに活かされるのは間違いない、加古川さんはこれすらも見透かしていたのだろうか?)
「な、なるほど? そういうことだったんですね……」
「あぁ、今後ともよろしく頼むよ。伍くん」
「わ、分かりました……僕で良ければ、また頑張ります」
(だが役作りとは別に、伍くんには私の裏側を見ていて欲しいと俳優ではなくてひとりの女性として思っている私もいる)
「そしてそこの二人もよろしく頼む」
私は伍くんの両隣にいる姫路さんと芦屋さんにも挨拶をした。
「ええ、こちらこそよろしくね?」
「はい、よろしくお願いします…!」
にっこりと笑ってはいるが内心ではメラメラと燃える闘志を感じる。
私も負けてはいられない。
しかしこんな見目麗しい女性がいる中で、男のような私は彼の視線を奪えるのだろうか?
柄にもなく弱気で、そんなことばかり考えてしまうのだった。
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【あとがき】
ここまでお読みいただきありがとうございます!
次話からはモデル編に突入します!
「鈴かわいい!」
「続きが気になる!」
と少しでも思ってくださった方は作品をフォローや、下の+⭐︎⭐︎⭐︎から作品を評価、レビューでの応援をいただけると非常に嬉しいです。
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