第27話 【元家族side】台本通りにはいかない【一桜】




 「はい、カット!! そこの行ってらっしゃいはもっと繊細なんだよ! 夫を戦地に送り出すという重要な場面、本当は引き留めたい気持ちを押し殺しつつも夫を暗い気持ちにさせまいと自分は明るく振る舞う、そして夫からのただいまの言葉がいつか帰って来ることを願いながら最後に交わす、行ってらっしゃい、だろ? そういうシーンだってのにこんな杓子定規しゃくしじょうぎの演技じゃ誰にも響かねぇよ!」





 「だったら先にそう言ってくれ! そんなこと台本に書いていないだろう!」




 

 「あれからロクな打ち合わせもせずに現場来た奴がなぁに言ってんだ! それに台本にそんなもん書いてるわけねぇだろ!! 自分で読み取れよ!」


 



 

 映画の撮影現場、一桜は何度目かになるか分からないNGを監督からくらっていた。




  

 一桜は『世界の片隅で君を謳う』という、戦争によって引き裂かれた二人の男女の愛を描く作品に参加していた。

 監督は日本映画界の巨匠、養父やぶ義明よしあき。監督はこだわりが強く、気の難しい監督として有名だった。




 「はぁ、これで何度目だ? ずっとただ台本に沿うだけの演技しかしやがらねぇ。言わなきゃ分かんねぇし、言ったとしても俺の想像を全く超えてこない。俺は自分の中から出てくる本物の演技を見たいって言うのによ!」



 

 監督は座っていた椅子に台本を叩きつける。



 

 (こ、こんなはずではない。こんなはずではなかった……。私は悪くないんだ……。)





 「『夕映え』に出てた時のお前の演技を見たときはこの俺でも感動したっていうのに、ありゃなんだったんた?」





 

 監督は以前に一桜が出ていた作品のことを思い出す。

 あの作品での演技が世間でも評価され、今回この映画出演も抜擢されたのだ。 


 



 

 「そんなのは台本通りにただ演技しただけだ」





 「はぁ? そんなことねぇだろ! あんなの作品への深い理解がなきゃ出来ねぇ演技だったぞ」





 

 (この人はさっきから何を言ってるんだろう。そっちがロクな資料を用意せずにいたのが落ち度では? それさえあれば打ち合わせなんか顔合わせの1回で済むんだ。意見交換をしようだなんて持ちかけて来て、この人は私を狙ってるのか?)





 

 一桜は監督への的外れな不満が募っていた。

 





 お互いの理解度を確かめるために意見交換をするのは当然のことだ。

 ロクな用意もせずにただ台本のセリフを覚えただけで現場入りするのがおかしなことだった。







 一桜はその美貌やキャラクター性を活かした作品。

 いわゆる当てふりに近い作品での評価は昔から群を抜いて高かった。





 

 なぜならそのままの自分で演じるだけで良かったから、むしろそれを求められていたのだ。

 スタイルも良く華があって画面に映える一桜は一躍人気者の仲間入りをした。






 

 だが、役者とは自分とは真逆の性質の役を演じなければいけないこともある。



 


 一桜は人の感情をあまり理解していない節があり、台本から登場人物の心情を自分から読み取って落とし込むということができなかったし自分で調べるということもしなかった。



 しかし、言われたことをその通りにすることにかけては上手かった。





 それを知っていた伍が、数多くの綿密な取材の元に、様々な角度からの解釈を付け加えた資料を作成して一桜に渡したのだが。


 一桜はそれを愚弟が作ったものだから見る価値もないと、伍の目の前でゴミ箱に捨てた。




 それから伍は自分で作ったと言わずに監督からの資料として渡すようになった。




 その資料を活用してからの一桜はもう一段階上の役者として賞賛を浴びるようになっていったのだ。

 評論家も唸るほどの実力や、作品への理解度が高いと称されるのは、全て伍の資料のおかげだった。



 

 

 「深い理解もなにも、資料さえあれば私はできると言っているだろう」



 

 「口を開けば資料、資料、資料ってよ。おたくのマネージャーもずっと言ってきたけどよ、そんなもんねぇだろ普通は。そんな魔法みたいな資料があるなら拝んでみたいね。役者は言われたことをただこなすだけのカンタンな仕事じゃねーんだよ! 自分で色んなことを体験して、死に物狂いで考えて、それを爆発させるのが役者だろ? 仕事ナメてんのか!!」



 

 監督の怒声がスタジオに響く。



 

 「まぁまぁ、監督。落ち着いてください」



 

 「和弥、こいつの肩を持とうってか?」


 

 監督に話しかけたのは今回の映画『世界の片隅で君を謳う』の夫役を務める主演の三宮さんのみや和弥かずやだった。

 三宮和弥は日本映画の数々の賞を受賞しており、海外での受賞歴もある実力派俳優だ。


 


 「いえ、そういうワケじゃないです。ただでさえ時間が押しているのにこの子のために時間を取るのはもったいなーって思ったんです。たまたまあの映画での演技が良かっただけで本当の実力はこんなもんだったんですよ。いるでしょ、大した実力もないのに作品との相性や時代、流行りなんかで人気がでちゃう人が」


 

 「まぁな……。こいつの演技には光るもんがあると思ったんだが俺の目も節穴になったもんだ」



 「そ、そんなことは……!!」



 一桜はたまらず口を挟む。 


 

 「ないって言うのかい? だったら周りをみてごらん? 他の演者さんも待たせているし、スタッフさんだって疲れている。君が良い演技をしないせいでね」



 

 周囲を見回すと、苛立っている演者や疲れ切った顔のスタッフがじっと一桜を見ていた。

 こんな視線に晒されたことのない一桜は、悔しさのあまりに唇を噛み締める。



 

 「ぐっ……」



 

 「怪我をするのはダメだよ? そんなの役者の基本でしょ。絵が繋がらなくなるからね、またみんなに迷惑をかけるつもりかい?」



 

 「う、うるさい!!」




 「うるさいとはまるでこどもだね。みんなが君のために時間やお金を使っているワケじゃないんだよ?」



 

 撮影スケジュールが一日延びるだけでも、演者、スタッフ、スタジオ、その先の映像の編集、配給会社など数々の人や企業が絡んでいるため費用や時間が馬鹿にならなくなるのだ。



 

 「うるさい!」



 (わ、私が、どうしてこんな目に……? これからずっと、こんな視線の中で怒られながら答えの見えない演技を続けないといけないのか……。)




 「うるさい! うるさい!」



 (ずっと悩むことなく褒められてきた私が……こんなことになるなんて……どうすれば、どうすれば、どうすれば。資料さえあれば、資料さえあれば私は……!)




 「うるさい! うるさい! うるさーい!!」




 

 一桜は感じたことのない屈辱に心が耐えられず、現場から飛び出して行ってしまった。




 

 「おい、どこに行くって言うんだ!?」




 「誰か、早く捕まえて!」




 

 スタッフが一桜を追いかける。

 残された人たちが静まり返る、撮影現場の雰囲気は最悪だった。


 



 「なんだあいつは、もう二度と使わねぇ!!」




 

 「その方がいいかもしれませんね……。人の話を聞く素直さや、自分から学び取る貪欲さがあればもっと伸びていたかもしれません。しかし、あの傲慢な性格が変わることはもうないでしょう……。けど監督は待っているんでしょう? またひとりで悪役になろうとして……、僕にも昔はあんな風に厳しかったですもんね」




 「けっ。待ってなんかいねぇし、そんな昔のことはとうに忘れちまったよ」




 養父やぶ義明よしあき監督は、発言が厳しく誤解されることは多いが相手の成長のための言葉を投げかけていた。この人との現場を乗り越えて自分で考えることのできるようになった俳優は成功すると業界で言われていた。


 そのため多くの大御所や実力派俳優に慕われていたのだった。


 



 その後、一桜は現場に戻ることはなかった。

 何日経っても現場に来ない一桜に痺れを切らした監督は、一桜の降板を事務所に伝えるのだった。



 

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