第28話 【元家族side】都合の悪いこと【零梛】【三華】





 

 「どういうことですか!? 一桜いおが降板!? しかもよりによって養父やぶ義明よしあき監督の作品を!?」


 


 「はい。一桜さんは現場を抜け出しあと、姿をくらまして失踪。それから現場に復帰せずに数日が経ったのちにうちの事務所に対し監督側から降板の連絡を受けました」


 


 天ヶ咲あまがさき事務所の社長室にて零梛あまなは、秘書のゆきから今回の件について報告を受けていた。


 


 「そんな大事な話があるならさっさと言うべきでしょうが! なんですぐに連絡しなかったのですか!?」



 

 「それは零梛さんが海外に旅行に行って、その先で連絡がつかないようにしてたからじゃないですか! スマホの電源切ってましたよね? 宿泊先にも何度も連絡したんですよ?」



 「それは……だって、旅行中は自由でいたいんだもの。私は縛られるのが嫌いなのは知ってるでしょう?」


 

 

 零梛はそれがさも当然であるかのように、悪びれることなく口にした。


 

 (事務所の社長ともあろう存在が、連絡をつかなくするなんておかしい。それに六槻ちゃんのこともあって事務所は傾いていて少しでも利益を残さないといけないのに、この人は会社の経費で海外旅行に行っているなんてどういう神経をしているっていうの!?)


 

 雪は叫びたくなるのを必死になって抑える。


 

 

 「監督側から降板を言ってくるだなんてそれは契約違反ではないの? 違約金は払っていただけるのかしら」



 零梛はお金が貰えるのではないかと目を輝かせていたが、それは大きな見当違いだった。


 

 「なにをおっしゃっているんですか。そもそもの原因は一桜さんが現場を抜け出してそれから戻らなかったことにあります。監督側から降板を伝えられましたが、それと同時にうちの事務所が契約不履行で訴えられているんですよ? それにともなって賠償金も請求されています……」




 「そんな! またお金を払わなくてはいけないのですか!? あの娘ったらなんてことをしてくれたんでしょう!!」



 

 零梛が自分の思惑と違ったことに気づき、金切り声で絶叫する。



 

 (はぁ……。また、お金の心配ばかり……。現場を抜け出してしまった一桜ちゃんの精神状態を考えることはできないの!?)



 

 「それで今回の損害はいくらほどになりますか?」


 

 零梛は恐る恐る尋ねる。


 

 「はい、まず初めに撮影の拒否による契約不履行はとても大きな問題です。なぜなら映画とは他の演者のスケジュールやスタジオやスタッフなどを抑えた上で進行する大きなプロジェクトだからです。代役がすぐに見つかれば撮影を続行することが出来てまだ被害額は低いでしょう、しかし、撮影が中止なんてことになったらその映画の制作費のほとんどを支払わないといけないかもしれません。最悪のケースで考えて養父やぶ義明よしあき監督の規模を考えて2億円は下らないかと……」


 

 「に、2億円!? なんですって!? あの王室のピンクダイアモンドのネックレスが買える額じゃないの!!」



 損害額を聞いた零梛は、またも絶叫する。

 そして、顔を真っ赤にして目に血管を走らせるほど頭に血を上らせていた。



 「お金だけじゃありません。あの養父やぶ義明よしあき監督から嫌われてしまったら日本の映画界では干されるでしょう。だから一桜さんの復帰はもう……」


 


 「あの子についてはもういいです!! 金食い虫のことは知りません!!」




 零梛は、自分に利益を与えないものには容赦がなかった。

 それがたとえ娘であったとしても……。




 「どうしてこんなに立て続けに悪いことが起きているんでしょうか、これまでは順調だったはずなのに」



 「それは、やはり伍くんがいなくなったからではないでしょうか?」



 「……なぜ、いまあの男の名前が出てくるのですか? あいつは関係ないでしょう!」




 

 気にいらないことを言われた零梛は、雪を睨みつけて大声をあげる。




 「ここ最近で変わったことといえばそれしか考えられません! 伍くんに帰ってきてもらうべきです!」



 「そんなことは絶対に、万に一つもありえません。より成功するためには失敗はつきもの、いまはそういう時期なだけです。あの男ひとりがいなくなったことが原因だなんて、そんなことはあってはならないのです!」



 


 零梛は机を思い切り叩きつけて雪の発言を否定する。




 そして二人の会話は平行線のままに終わったのだった。 

 






 ○ ●





 



 「一桜いお姉様ねえさまは大和撫子のように落ち着いて見えますが、あれでいてこどもっぽいところがおありなんですわよ」



 

 「そうなんですか?」



 

 ファッション雑誌の撮影現場の楽屋にて、撮影を終えた三華みかはマネージャーの播磨里麻はりまりまに足のマッサージを受けていた。




 「えぇ、指図されることを嫌がってなんでも自分の思い通りにいかないとこどもみたいにかんしゃくを起こすのですわ。もう治ったのだと思っていたのだけど、まだ治ってはいなかったご様子ね」


 


 「そうなのかもしれません。私は一桜さんに現場は同行しなくて結構、いつも通りやれば問題もなくすぐに終わる。と言われたので他の姉妹の方の仕事に同行しており話にしか聞いていませんが、こどもみたいに叫んだあと現場を飛び出してしまったみたいです」



 

 里麻は当時現場にいたスタッフから聞いたことを三華に話していた。



 

 「あらあら、昔に一桜姉様がおうちを飛び出したことを思い出しますわね。あの時、戻ってこられたのはたしか……って、ちょ、ちょっと、イ、イタいですわ! あなたはマッサージもちゃんと出来ませんこと?」


 


 「すみません……!」



 

 「ワタクシの足は仕事道具なんですわよ! 撮影で疲れたから癒してもらおうかしらと思ったのに、もういいです。お紅茶を淹れてくださるかしら?」


 



 「か、かしこまりました!」




 

 三華は里麻にマッサージを早々に止めさせて紅茶を淹れるように言ったあと、カバンからあるものを取り出した。



 

 「はー、このバターの香り、ほんとたまりませんわね。英国ホテルのフィナンシェはやっぱり完成度が他の有象無象うぞうむぞうと比べて格が違いますわね。美味しいものはなぜこんなにも心踊らせるのでしょう」



 三華は美味しそうなお菓子を前に恍惚こうこつの表情に浸っていた。



 

 「お待たせしました。こちら紅茶です」



 

 「なんですの、これは?」



 

 「えっと、紅茶ですが……」




 里麻は三華に聞かれたことが理解できなかった。



 

 「こんなティーパックで淹れたお紅茶をワタクシが飲むとでもお思いなのかしら? それにこれはレモンティーですの? バターのこってりとしたお味のフィナンシェには抜けるようなダージリンでしょう? おまけに淹れてからすぐに渡すだなんて、お紅茶のベストの温度に冷ましてからお渡しくださるかしら?」


 


 「すみません……! あまり詳しくなくて……」


 


 「良いですわ。けれど次お会いするまでにはお勉強なさることね」



 

 「かしこまりました……。それで、あの、差し出がましいようですが……お菓子はおやめになった方がいいのではないでしょうか。ここ最近はいつもなにかを口にしているのをお見かけしますが?」



 

 「うるさいですわね。あなたもワタクシにアレコレおっしゃるのかしら? ワタクシは太らない体質ですのよ?」



 

 「そう、ですか……」



 

 自分を太らない体質だと信じている三華は、自分が日に日に太っていることに気づいていなかった……。

 里麻は違和感を覚えていながらも三華の圧力の前にそれ以上言うのをやめてしまった。



 

 そして三華は知らなかった。

 これまで体型を維持出来ていたのは、伍が三華に怒られながらもきちんと食事管理をしていたおかげだということを。


 低カロリーながら味にうるさい三華でも満足する料理をいつも作って、お菓子を食べても太らないようにその日その日でグラム単位で計算し調整したものを出していたためである。




 

 三華がそれを思い知らされる時は、もうすぐそこまで来ていた。

 


——————————————————————————-


【あとがき】

ここまでお読みいただきありがとうございます!

明日は鈴sideを2話更新します!


「続きが気になる!」


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