第23話 遊園地デート(仮) ①
「やはり、これは……恥ずかしいのだが?」
「大丈夫です! じきに慣れてきますよ」
デパートでの買い物を済ませた僕らは、遊園地を歩いていた。
宝塚さんは待ち合わせのときの男役の格好とはうって変わって別人になっていた。
「うーむ、こうも髪が長いと頭が重く感じるな」
「宝塚さんいつもはショートヘアですもんね。ウィッグを被ってるからなおさら重く感じるんだと思います。でもとてもかわいいですよ?」
まずは髪型、銀髪のショートヘアだったのをウィッグで前髪のあるロングヘアにし、中間から毛先を巻いたあとロープ編みしたハーフアップにヘアアレンジをしてふわっと柔らかく落ち着いた雰囲気になった。
「か、かわいいのか!? わ、私がか!?」
「ええもちろん! それに銀髪とピンクのメイクがバッチリはまってます。まるでどこかのお姫様みたいですよ」
メイクは銀髪と相性の良いピンクを使って、透明感をだしながら幻想的でどこか儚げな感じにした。
「お、お姫様!? 王子役なら何度もしたことがあるが、私がお姫様とはおかしな話だ……。このフワッとした服は着慣れなくてそわそわするぞ。いつもはピシッとスーツスタイルかスキニーパンツが多いのだか」
服装はフリルネックにパフスリーブの白のロングワンピース、足元はアンクルストラップのついた低めのヒール、バッグに淡い水色のマイクロショルダーバッグで宝塚さんの瞳の色を拾う感じに仕上げた。
「スーツはジャケットの肩周りやスラックスのクリースが直線的で男性らしくなるんですよ。反対に、丸みのあるフリルやパフスリーブを着ることで女性らしさが出るんです」
役作りと合わせて、これには変装という狙いもある。
さっきは撮影だと思われたから騒ぎにならなかったけど、宝塚鈴さんが一般人の僕と遊園地にいると知られるのはいくら役作りのためとはいえマズい。
だけど今の宝塚さんを見ても、誰もこの人を宝塚鈴さんだと気づく人はいないだろう。
「そして、出身地や年齢、家庭環境、性格、全てが見た目にあらわれるから衣装やメイクはとても重要なんです。舞台『雪の魔法、月の裏側』の台本や資料を読ませてもらって、僕なりに登場人物をイメージして今回はその人が遊園地デートをしたらどうなるかなと思って考えました。これで役の気持ちに近づくはずです!!」
「な、なるほど……」
「す、すみません! 喋りすぎましたよね……」
やってしまった、夢中になるとつい話しすぎて姉妹たちからうざいって言われることがあったから気をつけていたのに……。
「いや、素直に感心していたのだ……そこまで考えてこの衣装とメイクを組んでくれたとは……君はすごいな。今の話を聞いただけでも君に頼んで良かったと思えるよ」
「僕なんてまだまだです……。それに役作りはこれからですよ。遊園地デートを楽しみましょう!」
「あぁ、そうだな……。だがワンピースを着たのはいつ以来だろうか、君は似合うというが私には似合ってないように思うぞ……。ほら、周りの人たちもこちらを見ている」
普段、堂々としている宝塚さんだけど今はなんだかそわそわと辺りを見回している。
いつもとは違うから自信が出ないんだろう。
「いいえ、とても似合っててキレイだからみんなが見てるんですよ。白のワンピースに宝塚さんのサファイアのような瞳がとても映えていて美しいです」
「サファイヤ!? 君は思いもよらず詩的だな……。で、でも、そうなのか……? 本当に似合ってるのか?」
「はい! 誰もが似合ってると思うはずです」
僕は思ったことを正直に伝える。
「だと嬉しいよ……。だが、見られているのは私だけじゃなく君も見られているように思うが?」
「え? 僕ですか? こんな美人の隣に僕なんかがいるから悪目立ちしちゃってるんですね……すみません」
周りを見るとたしかに色んな人と視線が合う。
僕も役に合わせて男らしく前髪をあげていつもとは違ったファッションをしているけど、彼氏役をするのには不釣り合いなようだ。
「いや、そうではないが……」
「えっと暗くなっちゃうのはよくありませんね! さぁ行きましょう! 僕、遊園地って初めてなんですよね! まずはなに乗ります? 絶叫系だとウィッグ飛んじゃいそうだからナシで、パレードの時間はもう少し先だから……うーん」
僕は慌てて話を変えて、遊園地をどのように楽しむかを考える。
「おっと逆瀬川くん。普通は遊園地に来たらまずはお揃いの頭の飾りを買うものなのだぞ?」
「え! “普通”はそうなんですか、知らなかったです! お店は、……あっちですね! ささ、行きましょう」
こうして僕らは遊園地を楽しむのだった。
○ ●
「遊園地楽しいですね!」
「あぁ、そうだな。久々に来たが大きくなっても楽しめるものだな」
僕らはさまざまなアトラクションに乗ったあと、園内を歩いていた。
「空中ブランコってすごく気持ち良いですね、高いところでぐるぐる回って鳥になった気分でしたよ」
「あのとき君は随分とはしゃいでいたね。まるで子どものようだったよ」
「す、すみません。彼氏役をするつもりが初めての遊園地で、はしゃいじゃいました」
「ふふ、いいんだ。その姿を見て私も楽しんでいるからね」
僕ははしゃいでいたことを思い出して恥ずかしくなる。
これだと彼氏役というか、お姉さんに見守られている子どもかじゃないか……。
「宝塚さんがメリーゴーランド乗ってる時なんかお姫様が乗馬しているように見えましたよ。姿勢もすごく良かったですし」
「それは言い過ぎではないか? まぁ、私は乗馬を嗜んでいるから動く馬と比べると乗りこなすのは容易かったな」
言い過ぎではないかと否定しつつも、宝塚さんはどこか誇らしげで嬉しそうだった。
得意げな顔が褒めてもらった子どものようでかわいい。
遊園地に来るとみんな子どもに戻るのかもしれない……。
「はは、あれはまさに乗りこなしてましたね。乗馬って小さい頃から習ってたんですか?」
「いや、歌劇団に入ってからナポレオンの役が決まったときに習いに行ったんだ。なんでも自分で体験して役に取り入れたいと思ってしまうタチなのでな。そこから少しハマってね今でも続けているよ」
「なるほど、演技のために今回みたいにいつも体験してるんですね」
より演技をリアルにするために一度体験して自分のものにしているんだな
やっぱり宝塚さんは演技では自分の体験や経験を大切にしているみたいだった。
「あぁ、そうなのだ。そのせいで君には迷惑をかけてしまってすまないね」
「いえ、気にしないでください。僕は困ってる女の子を放ってはおけないタチなので!!」
「はは、これは一本取られたな。だがしかし、私たちはいま恋人役をしているがそれにしてはいささか距離があるように思うのだが?」
宝塚さんは立ち止まって僕ことを見つめる。
「え、そうですか……?」
「それだ! 君はずっと私に敬語なんだ! 同い年だしタメ口でいいんだぞ?」
(年齢が同じというは知ってたけど、宝塚さんって年上感あるんだよな……だからつい敬語になってしまう)
「えっと、それは……ちょっと」
「お願いできないだろうか……?」
スラっと高いスタイルにクールな顔立ちに反して、子犬のような瞳で見つめてくる。
(か、かわいい……。服や髪型も合間ってまるで一国のお姫様にお願いされているみたいだ)
「わかりました……いや、わかった。たまに敬語でちゃうかもしれないけどその時はごめんね?」
「うむ、それでいい。そしてもうひとつ、名前の呼び方を変えよう」
「名前?」
「あぁ、ずっと宝塚さんなのは恋人役として少し引っかかる。溺愛する女の子はくん付けで名前を呼ぶのではないかと私は思っているのだ。私はこれから君のことを伍くんと呼ぶ。だから伍くんも私のことを苗字でなく名前で呼んではくれないか?」
(さっそく伍くんって呼んでる……順応性高いな)
「じゃ、じゃあ……鈴」
僕は少し照れながらも頑張って名前を呼んだ。
「うむ、悪くない響きだ」
「呼び捨てなんて私もまだなのにっ!?」
「え?」
突然なにか声が聞こえて来た。
周りを見回してもそれらしき人が見当たらなかった。
(気のせいかな……なんだか呼び捨てはダメな気がしてきたぞ)
「え、えーと、鈴ちゃん」
「うむ、それがいいな!!」
「ちゃん付けは幼馴染の特権でしょ!?」
「え?」
またも声が聞こえて来た。
さっきのとは別の声だったけど、あたりにはそれらしき人がいない。
(どうなってるんだ!? というか、どう呼べばいんだろう……鈴様は変だし、鈴さんだとまだ距離を感じると言われそうだし、鈴くん? いや、おかしい)
「色々考えたけど、鈴ちゃんって呼ぶことにするよ」
「うむ、そうしてくれ!」
僕の出した結論はこれだった。
くん付けで呼ばれるならちゃん付けで呼ぶ方が自然だろうと思ったからだ。
「伍くん」
「はい」
名前を呼ばれた僕は返事をする。
しかし、鈴ちゃんはなにも返してはくれない。
心なしか少しむすっとした表情だ。
「伍くん」
「どうしたの?」
もう一度呼ばれた僕はまた聞き返すけどさっきと同じでなにも返してくれない。
鈴ちゃんは少しどころかちゃんとむすっとしていた。
「伍くん」
そこで僕はようやく相手が待っている答えに気づく。
「鈴ちゃん」
さっきまでのむすっとしていた表情が晴れて、にぱーっと太陽のような暖かい微笑みを浮かべる。
「なぁに?」
甘い声で優しくも
僕はその場でひざまずく。
(ぐっ、なんだこれは! 胸がぎゅっと掴まれたようにイタい! あざとかわいすぎる、ギャップが凄すぎるだろ!!)
「ふむ、溺愛する彼女とはこういう感じなのだろうか……まだ分からないな……」
鈴ちゃんはひとりでなにかを確かめるように呟いていた。
(な、なんだ……演技のために役に入っていたのか。いつもの感じとはかなり感じが違ったから驚いた……俳優ってすごいな)
僕は僕でどぎまぎしながらも感心していたときだった。
「ひゅー、そこの美男美女カップルさん。見せつけてくれちゃって熱いねー」
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