第22話 はい、喜んで。




 

 「え!!」





 

 僕は宝塚さんの発言にたまらずに驚く。



 



 「「「ええええぇえええぇえええ!!」」」




 

 しかし、僕の声をかき消すように三人の声が店内に響き渡った。




 

 「だめか? 君にはすでに恋仲の人がいるのだろうか?」



 

 「いえ、いませんが……」



 

 「だったら、引き受けて貰えないだろうか!?」


 


 宝塚さんが手をぎゅっと握ったまま、グイッと一歩詰め寄ってくる。

 


 か、顔が近い!

 目力が凄くて引き込まれそうだ。



 

 (ん、でもさっきの言葉なんだか違和感があるような……引き受けて貰う……?)



 

 「それはダメよ! あ、伍にはこれから仕事のサポートをちょくちょく頼んだりする予定なのに。付き合ったりなんかしたらお願いしづらくなるからダメよ」


 

 「そ、そうだそうだ! 付き合ったりするとシフトが減っちゃって……た、大変になっちゃう! ましてや幼馴染を差し置いて付き合うなんてダメ!」


 

 「え、えと……メ! です……」


 


 僕がなにか言うよりも先に三人がそれぞれ反応する。



 その様子を見て、宝塚さんは自分の顎に手を当てて悩んでいた。







 「うーむ。彼氏役として少しの間、付き合って貰うのは難しいか……。役作りのためには君が適任だと思ったのだが……」




 

 「え?」




 

 「「「え???」」」




 

 彼氏役? 役作り? どういうこと?

 





 

 僕を含め、宝塚さん以外の全員がポカーンとした顔になっていた。 



 




 ◯ ●









 

 「はっはっはっ! すまない! 昔から私はこれと決めたら周りが見えなくなるきらいがあってだね、肝心なことを伝えるのを忘れてしまっていたみたいだ」






 

 宝塚さんは自分のミスを快活に笑いながら、ここに来た経緯を説明してくれた。

 それをみんなでテーブルを囲って座って話を聞いていた。



 


 「役作りなら最初から言いなさいよ。付き合って、だなんて紛らわしいじゃない」


 



 明日花さんがムスッとした態度で返す。


 



 「芦屋さんがそれを言うのかな?」




 

 姫路さんが明日花さんをじとーっと見つめる。




 

 「ま、まあ? 人だから話を端折はしょってしまうこともあるわよね、おほほ」


 

 

 「二人の間に何があったのかは今は置いとくけど。宝塚鈴さんが舞台の役作りのために人を探してここに来るなんて驚きだよ」

 



 あっちゃんが姫路さんと明日花さんの様子を呆れたように眺めながら、話を本題に戻した。



 

 「あぁ、先ほど説明したように私はこれまで男役としてずっと演技を続けてきた。だが、今回は初めて女性として役を演じることになったのだ」



 

 「で、その役が恋に溺れる女性の役で最後には恋人とともに死んでしまう悲恋の物語とはね。あなたとは180度違うように思うけれど?」




 今回の役柄と物語の簡単な説明を聞いた明日花さんが、宝塚さんへ疑問を投げかける。

  


 

 「あぁ、私もそう感じたのだが加古川さんからの強いオファーがあってね。役の幅を広げる良い機会だと思って引き受けようと決意したんだよ」



 

 「これまで男役としてかわいい女の子と接してきたから、かわいい男の子にならもしかしてドキドキできるんじゃないか、そしたら女性としての恋心や乙女心がわかるかも。そう思ってあっくんを訪ねてきたとはね……あっくんは女の子みたいにかわいいもんね、わかる」




 あっちゃんがどこか納得したように呟く。

 



 「たしかにその理論ならかわいい逆瀬川くんは適任かもしれないけど……彼氏役、かぁ……」




 姫路さんはなにやら思うことがありそうな不安げな顔だ。



 

 (というか、かわいいかわいいって。そこに引っかかって話があんまり入ってきてないのは僕だけかな?)




 「役作りで彼氏役を頼むなんて、無茶で失礼な願いだというのは十分に分かっている! だが私のこれまでの経験にはない役柄で、どうすればいいのか分からなくてほとほと困っているのだ……」





 背筋が一本通っていて堂々とした立ち振る舞いをしていた宝塚さんが、いまは背筋が曲がって声も小さくなってしまい、弱々しさが見てとれる。




 こんな姿見せられたら黙ってるわけにはいかないよね。 




 「宝塚さん! 僕で良ければ任せて! 困ってる女の子をほっとけないよ!」




 「伍、引き受けるの?!」



 明日花さんが目を開いて驚いている。

 



 「うん。だって困ってる女の子がいたら助けるのが”普通”でしょ?」





 「もう、あっくんは変わってないなぁ」





 「ふふ、逆瀬川くんらしいね」 





 

 「自分からお願いしておいてなんだが、本当にいいのか!?」




 

 「もちろんです!! そうと決まったのなら予定を立てましょう。今はアルバイト中だからとりあえず連絡先を交換してっと……、じゃあまた後で連絡しますね!」











 「本当にありがとう。恩に着るよ」






 宝塚さんは僕の頬に手を添えて、落ち着いた声で囁いてくる。






 

 「わぁわぁ! そういうの禁止! これから役作りするのになにしてるのよ! まんま男役じゃないの!」

 





 「おっと失敬、ついクセでやってしまうのだ」





 (こ、こんな調子で、大丈夫かなぁ?)

 




 引き受けたものの、これからのことを考えて僕は少し頭が痛くなった。





 


 

○ ●






 


 あれから僕たちは連絡を取り合い、どうするか相談した結果。

 舞台の稽古入りも近いということで宝塚さんの提案のもと遊園地デートをすることになった。


 



 (一日濃密な時間を過ごすことで手っ取り早く乙女心を知りたいと言ってたけど、相手が僕でほんとに大丈夫なのかな……)

 



 少し不安に思いながらも僕は受け入れた。


 なぜなら、相手が僕ということはさておき、宝塚さんの役作りの方法としてそれが合っていると思ったからだ。








 

 役者には、とても大雑把に分けて2タイプいると僕は思っている。





 一つ目のタイプは、自分の体験したことや感性を登場人物と照らし合わせて、登場人物を自分のままで表現する人。

 

 こちらは見てる人を引きこみ、感情を強く揺さぶることができる。

 そういう演技ができる人は生まれつき華があったり、天才と言われる人に多い。





 二つ目のタイプは、論理的に考えて情報を組み立てて頭の中でイメージを形成し、役になりきって表現する人。

 

 こちらは見てる人に違和感を与えず、登場人物そのものなんじゃないかと錯覚させる。

 そういう演技ができる人は華があるわけじゃないけど、上手いとされる人に多い。



 




 そして宝塚さんは明らかに前者だ。

 圧倒的な存在感、いるだけで人の目を惹く華だと僕は思う。

 

  



 


 「えーっと、駅前の噴水広場で待ち合わせってことだったけど宝塚さん、もう着いているのかな。でも30分前だしさすがにまだ……って、え!?」



 

 集合場所の噴水の周辺には多くの人がいた。

 その人たちは遠巻きである人物を見ているようだった。




 「あれって宝塚鈴さんだよね」



 「燕尾えんび服がキマっててめちゃかっこいい」

 


 「花束持ってるけど、なにかの撮影?」



 「え、でも30分くらいそこにいるから撮影じゃないんじゃない?」



 「いや、さすがにプライベートであの格好はしないでしょ」



 「にしてもかっこいい通り越して、美しいわぁ」


 


 噴水の前には燕尾服に身を包み、髪を後ろに流して固めて、男役の濃いメイクに薔薇の花束を持った宝塚鈴さんがいた。



 

 その姿はさながら歌劇のワンシーンのようだった。


 







「やぁ、逆瀬川くん。待ってたよ、これを君に贈ろう。感謝の気持ちだ」





 

 僕の存在に気づいた宝塚さんは、僕のもとに近づいてきて薔薇の花束を手渡してきた。






 「あ、ありがとうございます……って宝塚さん!! 今日は役作りのために遊園地デートをするじゃなかったんですか!? なんですかその格好は!?」






 「ん? これかい、役作りとはいえ初めてのデートだからね。気合を入れてきたんだがどうかな?」




 


 宝塚さんは自分の顎に手を当てて流し目で僕を見る。

 






 「とても、カッコいいです……ってちがぁう! 溺愛する女性役をするための役作りですよね? それじゃあ溺愛される美丈夫役じゃないですか!? 花束も自然過ぎて受け取っちゃいましたよ!」





 

 僕は花束を手にしながら宝塚さんにツッコミを入れる。





 「ふむ、何を隠そう。私はデートというのは舞台でしかしたことがなく、舞台での私の格好といえばこれだ。だからデート服をこれしか知らないのだ。すまないが……、色々と教えてくれるとありがたい。聞くところによると君はファッションやメイクが得意だと言うじゃないか」






 「え、どこからその情報を!?」




 

 「カフェにいた女性陣だが?」





 「あぁ、なるほど……」

 






 (たしかに僕以外にもみんなと連絡先交換していたっけ。宝塚さんはかわいい女の子には目がないと言っていたし)



 



 あの日のことを思い出して僕は納得する。


 



 「あぁ、君の好きなようにしてくれて構わない。ここはひとつ頼む」

 


 


 「分かりました! このままじゃ役作りや遊園地デートどころじゃありませんし、まずは役にあった格好になりましょう。形から入るともいいますもんね」





 「助かるよ。では参ろうか」





 そう言って宝塚さんはエスコートするように腕を差し出した。

 僕はその腕をそっと掴む。

 




 「はい、喜んで。……って! 逆でしょ! ん? 逆とかでもないのか……?」





 おかしなことをしていることに気づいた僕は掴んでいた腕を離した。



 

 「ふふ、君はかわいい上に面白いんだね。ついからかってしまうよ」





 唇に指を添えながら柔らかく微笑む宝塚さんに、僕はドキリとしてしまう。




 (仕草や表情がいちいち完璧で、美しすぎないかな!?)



  

 こうして翻弄されながらも、僕は宝塚さんの格好を見直すべくデパートへ向かったのだった。



 

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