第21話 付き合って貰えないだろうか





 休日の昼下がり。

 僕は喫茶店でアルバイトをしていた。




 「ヒマだね。あっくん」




 「そうだね、今日はかなり落ち着いてるね」




 

 一時期は話題となってお客さんが後を絶たなかったけど、しばらくするとその騒ぎも収まった。

 今では、地元に愛されている普通の喫茶店に戻っていた。




 『俳優の宝塚鈴たからづかりんさんが、有名な演出家の加古川行雄かこがわいくおさんの舞台「雪の魔法、月の裏側」の主演を務めることとなり話題騒然です! 宝塚さんは歌劇団に所属している女性俳優さんで男役として活躍し女性からの人気も高く……』





 テレビから流れる音が、静かな店内を満たしていた。





 「今日もまた来てるよ、あの人たち」




 あっちゃんが奥のテーブルを眺めてそう呟く。

 あの人たちとは、姫路月夜さんと芦屋明日花さんだった。




 「そうだね。あれからすっかりこの店が気に入ったみたいだね」




 「え、うーん。それはどうかな……。黒髪の人の方は前からたまに見てたけど。金髪の人は、アイドルの芦屋明日花ちゃんだよね? あの人はあっくんがシフト入ってない時は見たことないし……。というか良い加減あの美人たちとあっくんの関係性教えてくれないかな!?」




 「あれ? 言ってなかったっけ。同じ高校の友達だよ」




 初日は忙しくなっちゃって紹介できなかったし、それ以降はタイミングを逃してたっけな。 



 


 「へぇー友達ね……、今はお客さんはあの二人しかいないし、あたしに二人のこと紹介してよ!! あっくん来て!」




 「わ、とっと」



 

 あっちゃんは僕の腕を引っ張って、二人が座っているテーブルの前まで行く。

 相変わらず強引だなぁ。



  

 「姫路さんと明日花さんちょっといいかな?」




 「伍と、店員さん? どうしたの?」




 コーヒーを飲んでいた明日花さんが返事をする。




 「いやぁ、あっちゃんが二人を紹介して欲しいらしくてさ……いいかな?」





 「……いいわよ。私も、ずいぶん親しげに話しているのを見てたからその子のこと気になってたの」




 「逆瀬川くん、紹介してください!」





 明日花さんがあっちゃんを見てなにやら考えてるみたいだった。

 姫路さんは僕をじっと見つめている。




 友達を紹介するのって初めてだけど、こんな張り詰めた空気なんだね……。

 緊張するな……。




 「ええっと、こちらは同じ高校のクラスメイトの姫路月夜さん、高校で初めて出来た友達だよ。そしてこちらは知ってるかと思うけどアスタリスクの芦屋明日花さん、明日花さんも最近転校してきて同じ高校なんだ。仕事を紹介してもらったりして大変お世話になってるんだ」




 「はい、逆瀬川くんのお友達の姫路月夜です」




 「改めまして、芦屋明日花です。よろしくね」




 姫路さんがぺこりと小さく会釈をして、明日花さんが軽く手を振る。




 「続いてこちらはあっちゃん。この喫茶店のマスターのお孫さんで、昔に遊んでいたことがあったんだけど偶然ここで再会したんだ」




 「はいはーい。あっくんの”幼馴染”のあっちゃんこと西宮茜でーす、よろしくお願いします!」






 やけに幼馴染って部分を強調しながらあっちゃんが自己紹介をした。





 「幼馴染ねぇ……」



 「あっくん、か……」





 なんだか寒いな。もしかして冷房でも入ってる?

 空調を確認したけどなにも点いてなかった。





 「はい! “幼馴染”でーす。昔からあっくんのことは知ってるんでなんでも聞いてくださいね」





 「あら、昔遊んでて再会したのは最近なんでしょう? “今”の伍のことはよく知らないんじゃないかしら」




 「ぐっ」




 あっちゃんが少したじろぐ。





 「私は、逆瀬川くんと少し昔から今までのことだったら知ってます……!」





 「ぐぐっ……」





 僕はいったい何を見させられているんだろう。

 こういうのって自分のことを話すんじゃないの?




 まさか、これが普通なの?





 「まぁ、昔の伍のことを詳しく聞きたいわね……。最近の伍のことを教えてあげるから一緒に話さない?」





 「え、いいんですか!? 昔のあっくんのエピソードはたくさんあってね……、どれから話そうかな? 七五三の時に間違われて女の子の衣装を着せらた話とかどうかな? たしか、その時の写真もあったような……」





 「……気になります!」




 姫路さんの目がキラキラとしていた。





 「いやいや、僕の目の前でそんな暴露大会みたいなのしちゃダメでしょ!!」




 話が変な方向に進んでいたので、僕は慌てて突っ込みを入れる。

 



 (ここで止めないと僕が恥ずかしい思いをすることになるぞ……どうしよう)






 

 からんころんからん。


 ドアが開き、鈴が鳴る。




 



 「ふむ。噂になっているようだから来てみたが、今は営業中ではないのかな?」





 (お客さんが来てくれて助かった……ってこの人は!?)



 

 そこには銀色のショートヘアに水色の瞳、流し目が似合う涼しい顔立ち、すらっと高身長で姿勢が良くスキニーパンツをかっこよく着こなした麗人が立っていた。

 膨よかなバストがなければ中性的で綺麗な男性と見間違える人もいるだろう、それくらいにその人はカッコよくて美しかった。





 「いえ、営業中です! って、もしかして、あなたは宝塚鈴たからづかりんさんですか!?!?!?!」





 あっちゃんが驚いたように反応する。



 



 「いかにも、私は宝塚鈴であるが」





 女性俳優ながら男役として女性からの人気が高く、かっこいい芸能人ランキングの中で男性のなかに混じってランクインもしたことがある宝塚鈴さん、その人だった。





 「あわわ、さっきテレビで見た人だ……脚長っ。かっこいいのにキレイ……じゃなかった。今すぐご案内しますね! あっくんお願い!!」





 「え、僕!? イタッ」






 予想外の人が来たことに驚いたあっちゃんは、自分じゃなく僕に案内を振った。

 その際に、背中をバシっと叩かれて宝塚さんに向かって前に押し出される。




 急なことに対処出来ずに前につんのめってコケそうになる。




 

 (このままじゃ宝塚さんにぶつかる!)



 そう思った時だった。


 

 宝塚さんは体を半身だけずらし僕を避けたかと思うと、手を伸ばし片方は僕の手を掴み、もう片方で体を抱きかかえて勢いを殺すようにクルッと反転した。

 そして、ちょうど社交ダンスのようなポーズみたいになってしまった。




 「大丈夫かい? お嬢さん」




 そう尋ねる姿は男の僕から見てもかっこよく、男女関係ない美しさがあった。

 でも、ひとつ間違ってることがあったので訂正させてもらう。




 「あ、ありがとうございます。でも僕はお嬢さんじゃなくて男です!」




 「なんと! 君が噂に聞く美味しいコーヒーを淹れてくれるかわいい男の子か。ツヤツヤとした黒髪に、ぱっちりとした目、噂に違えぬかわいさだな」




 宝塚さんは僕の頬に手を添えて優しくささやく。

 そして目をじっと覗き込まれる。




 「え、僕がかわいい、ですか? そんなこと、ないですよ……」




 目を見られるのが恥ずかしくなった僕は顔を背けながら、なにかの間違いだろうと否定する。

 





 「否定せずともいいのだ。かわいい君に今日は折り入って頼みがあったのだから」


 




 宝塚さんは抱えるのをやめ、片膝をつき手を取ったまま僕のことを見上げて一言告げた。



 


 「どうだろう? 私と付き合っては貰えないだろか?」





 

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