第2話 新天地へ




「その話は、本当なのかしら?」




 翌朝。

 家を出た僕は、学校の理事長室にいた。




 ちなみに、元家族からの挨拶や見送りなんてものはなかった。

 当然といえば当然か。




「本当です、なので今日限りで退学させてください」




「なんで伍がひどい目にあった上に、退学までする必要があるのよ!」

 

「明日花、落ち着きなさい」


「お母さん! だっておかしいでしょこんなの!」


「そうね。でも、学校側は彼の意志を尊重するわ」





 キメの細やかな白い肌にぱっちりとした猫目、髪は絹のようになめらかなで金色が眩しいツインテール。

 身長は平均的ながらも、その体格には少し大きめの胸とキュッと引き締まったウエストがスタイルの良さを伺わせる。

 ひとたび笑顔を見せれば、見るものを虜にするような超絶美少女。

 トップアイドルグループ『アスタリスク』のセンターである芦屋明日花あしやあすかさんが居た。



 

 その横には、理事長が高そうな椅子に座っていた。

 見るものを射抜くような鋭い目元が美しく、凛と引き締まった顔は新任教師と言われても違和感のないほどに若い。

 見た目の特徴や、会話の内容から二人が親子だということが分かる。




 

(えっと……退学の手続きに来ただけのに、どうしてこんなことになってるの?)




  

 事務員さんに退学の手続きをお願いするために名前を伝えたら、急に顔色が変わって奥に引っ込んだあとに、この部屋に呼ばれた。

 学校をやめるのは初めてだから分からないけど、やめるときに理事長室に呼ばれるのは普通のことなのかな。


  


 そして、理事長に昨日の経緯を話して、今に至る。

 理事長や明日花さんは、事情を知る数少ない関係者だから問題ない。



 

明日花あすかさん怒ってくれてありがとう。でも僕はもうあまり気にしてないんだ。むしろスッキリしてるくらいだよ」


「たとえあつむが許してても、私が我慢ならないの! それに……私のことは、明日花あすかで良いって言ってるのに……」




 明日花あすかさんとは、現場で何度か顔を合わせる機会があった。

 末端まったんの僕のことにも気にかけてくれる優しい人、さすがトップアイドルだ。




「家族と離れて、サポートしなくて済むんだから、これから学校に通えるんじゃないの……? なにもやめなくたって……」


「さっき話したように、僕にはもうこの学校に通う理由はないんだ」


 

 ここ夢越ゆめこし学園は小中高の一貫校で芸能人が多く在籍し、芸能活動をするうえで手厚い環境が用意されている。


 姉妹たちもここに通っていて、同じく僕も在学している。



 僕はサポートだけだったけど、それも芸能活動として認められており、単位が出る。

 のちの芸能界を支えるための人材を育成する学校でもあり、カリキュラムは様々ある。



 そこに、芸能界を離れる僕が通う必要はない。




「それにやめるって言っても、今日ほぼ初めて学校に来たから最初からやめてるようなもんなんだけどね!」


「そう、それ! それがおかしいのよ!」


 明日花さんが突然、大声をあげる。



 

「え、なにが?」


「学校に来るのがほぼ初めてってことよ! いくら売れっ子でも、毎日来られないってことはないのよ?」



 ちらりと理事長を見ると、頷いてる。

 どうやら本当のことらしい。



「そうだったのか……」


 

「前々から思ってたけど、伍はどうしてそんなに学校に来られなかったの?」



「まあ、姉妹全員のサポートをしてたから自然に?」



 朝から夜まで仕事に追われていた僕が、学校に通う時間なんてなかった。



「姉妹全員って、7人も? それを何人で分担してたの?」


「えっと、ひとりだけど?」


「え?」


「ん?」


「あ、ありえない……売れてないタレントだったらまだしも、ひとりひとり売れてて……それにジャンルもバラバラなのに……」


「そうなのかな? 昔はまだみんな売れてなかったら僕ひとりでサポートしてて、売れてもそのままずるずるとって感じで……ははっ」



(初めの頃はうちの事務所に仕事もお金もなかったから守銭奴しゅせんどである母に、全員分を担当するように言われたんだっけな)



 話を聞いていた理事長も、あぜんとしている。

 


(そうですよね、僕ごときが芸能人のサポートなんて実力不足なのになにやってんだって感じですよね)


 

「というか、どうして明日花さんはここに?」



「そ、それは、たまたまよ……!」



 たまたま、理事長室に? 娘だったらあり得るのか?



「明日花、嘘はいけないですよ。警備の人に伍くんが登校したら連絡するように言いつけてあったからでしょう」


「わーっ!」


「伍くんが滅多に来ないから、もし来たときには仕事抜けてでも絶対に登校するためにって。それでいざ登校してきたと思ったら、伍くんが学校をやめるなんて言ったものだから慌てて来たのよね?」


「わーっ! わーっ! もう、なに言ってんのお母さん! そんなわけないでしょ!」



 明日花さんが顔を赤くして取り乱した。 

 なんだか、家族の会話って感じがして良いな。



 その姿が、僕の目には輝いて見えた。

 



「……かわいい」


 

 気づけば、そんな言葉が口から出ていた。

 


「え!?」


 

「え、あ! ごめん! 顔を赤くして慌てている明日花さんが、いつもステージで魅せる完璧な姿とは違って、とてもかわいくて。つい口に出てた!! ごめん! 僕にそんなこと言われてもキモいよね! ホントごめん!」



「…………っ、またかわいいって言った!?」



 さっきよりも顔が赤くなってる!? これめっちゃ怒ってるやつだ!

 




「わわわ、怒ったよね? かわいいって言ってごめん!」


「お、おお、お、怒ってないから! これ以上、かわいいって言わないで!」


「うん! わかった、言わない!」





「……え、言わないの?」




 こてん、と首をかしげ涙目になった明日花さんが僕を見つめる。





(えええええ、いったい僕にどうしろと!? というか可愛すぎませんかねぇ!!)




「あら、あら、こんなに明日花が照れてる姿、私も初めて見るわね」


 

(ちょっと理事長! 見てないで助けてください!)


 


○ ●



 

 

「こほん」


 しばらくしてから、理事長が咳払いをした。





 空気が変わる。




   

「それでは、伍くん。お聞きします。あなたは今後、どうするおつもりですか?」




 理事長が僕の目を見て質問する。


 

 耳まで真っ赤にして背を向けていた明日花さんも、僕の方に顔を向ける。




 

 すうっと、僕は深呼吸する。

 そして、これまで考えていたことを伝える。



 

「そうですね。これからは普通の学校に通って、勉強して、友達を作って、いつしか恋人ができて……そんな普通の青春を謳歌したいです」




 決して大きなことではないかもしれないけれど、これが今の僕の夢だ。


 

「それは幸せな夢ですね……。学校側の意見としては退学を受け入れるしかありませんが、娘を持つひとりの母としては見過ごしてはおけません。そこで、あなたにピッタリな学校があるのですが……」




○ ●





「ここが、これから住む街か」



 僕は見知らぬ土地に来ていた。



「にしても、こうも色々と決まるとはね……ホント感謝しないと」




 あれからトントン拍子に話が進んで、今は新しい自分の家に向かっている。


 そう、新しい自分の家だ。


 



 理事長の知り合いが経営している学校を紹介してもらい、そこに通うことになった。

 学生寮があり、家具家電も完備していて今すぐにでも住んで良いということだった。



 お金は一旦、理事長が肩代わりしてくれるらしい。




「日雇いでお金を稼いでいくしかない、って考えていたけど良かった」




『あら、気にしなくていいのよ。伍くんのためにすることが、明日花の将来のためになるかもしれないものね』




 理事長は……ちょっと意味が分からなかったけど、学生に優しい人なんだと思う。




「最悪、路頭ろとうに迷うかもって思ってたのに……」

 


 払うのはいつでも良いと言っていたけど、学生のうちからでもバイトして少しずつ返していこう。

 いつか自分で稼いだお金だけで生活できるようになれたら良いな。



「さてと。早く寮に行こう、新生活の始まりだ!」


 

 誰にも縛られない、自分だけの生活が始まるんだ。

 これまでいろいろあって、昨日はかなり落ち込んだけど……今の僕は、ワクワクしていた。


 

 

「ん? あれは?」


 

 少し先に女の子が、柄の悪い2人の男に絡まれているのが見える。



(えぇ……この街って治安悪いのかな……。)


 

「そんなこと考えてる場合じゃない! 助けに行かないと!」



 急いで女の子のもとへと走る。

 なんとも幸先さいさきの悪い新生活の始まりだった。


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