裏方でサポートしてた芸能一家を追放された僕は、普通の青春を謳歌したい。〜なぜかアイドルや俳優、モデルが推しかけてきて困ってるのに、隣の席の氷の女王が人気Vtuberなのを僕だけが知ってる件について〜

浜辺ばとる

1章

第1話 家族の縁を切られる




あつむ、お前とは家族の縁を切ります」





 僕の18歳の誕生日である5月5日の出来事だった。



 

 いつものように姉妹の仕事のサポートに追われていた夜……

『今日は祝いです、家族で食事をするから来なさい』と、母から連絡があり僕はダイニングに呼び出された。





 母からの連絡は、母の秘書を通じての業務命令しか来ない。

 直接連絡が来ることも、業務命令じゃないことも全てが初めてのことだった。





 (誰かと食事をするのはいつ以来だろう?)

 (というかまともな食事をするのは何日ぶりだっけ?)

 (まさか、僕の誕生日を祝ってくれるのかな!)





 そんな淡い期待はドアを開けてすぐに打ち砕かれた。



 

 ダイニングには、母と七人の姉妹がいた。




 

 誰もが憧れる絶対的な美しさと、評論家も唸るほどの実力を兼ね備えた俳優、長女の一桜いお


 可愛らしいルックスと類い稀なる愛嬌で、様々な番組に出演しているマルチタレント、次女の二葉ふたば


 日本人離れしたスタイルで、数多くの雑誌で表紙を飾っているモデル、三女の三華みか


 透明感のある声で多く視聴者を惹きつけ、毎クール多くのアニメ作品に出演する声優、四女の四葵しき


 女性でありながら俺様なパフォーマンスで、男女問わずカッコ良いと称されるアイドル、五女の六槻むつき


 どこまでも伸びやかな高音で、曲を出すたびにヒットチャートを賑わせる歌手、六女の七菜なな


 ひたむきな姿勢で企画に挑戦し、日本の妹と呼ばれ親しまれているYoutuber、七女の八茅留やちる


 




 みんなはテーブルを囲み、僕と母との会話に耳を傾けながら

 それぞれ、険悪な視線をこちらに向けていた。





 

「え……」




 

「聞こえなかったのですか? 他の姉妹と違ってお前はほんと役立たずですね。天ヶ咲あまがさき家の恥です。まあ、それも今日限りですが」





 

 七姉妹が所属する芸能事務所の社長であり、僕の母でもある天ヶ咲あまがさき零梛あまなは、そう告げた。



 


「い、いえ、聞こえていました……でも、どういうことなんですか? 家族の縁を切るって……意味が、わかりません……もしかして、何かの企画とか……」




「そんなわけがないでしょう!」




 苛立ちをこらえきれない様子で、母はテーブルを叩いた。

 それに続いて、六槻むつきも舌打ちをする。




「そんなつまらない企画、誰が見るって言うのです? 底辺youtuberでももっとマシな企画を思いつきますですよ?」


 八茅留やちるあわれみの目で僕を見る。





八茅留やちるちゃん、それマジで言えてるー。でも、この子ってば底辺以下のゴミだから仕方ないってー」


 二葉ふたば姉さんがそれに同調する。





「あの……せめて、理由を教えてくれませんか……」


「テメェ、そんなんも分からねぇのかよ」




六槻むつきが口を出してきた。




「テメェが中途半端の役立たずで、居るだけで害だからだよ! オレがこんな奴と双子で、しかも、こいつの方が兄だなんて気色わるすぎるぜ」


「こら、六槻さん。女の子ですのにお口が悪くってよ。けれども、おっしゃっていることについては心から同意しますわ。本当にコレはきょうだいなのかしら?」




 三華みか姉さんもかなり厳しいことを口にする。




 呆然としている僕を置き去りに、一桜いお姉さんが口を開く。



 

「わたしたち天ヶ咲あまがさき家は常に上を目指さなくてはいけない。なのにも関わらず、家族という枠組みの中でさえ、秀でるものがない半端な人に価値があると思っているの? そんなことも考えられないから、あなたは愚かなのよ」



一桜いおねえ、そんなはっきり言っちゃうと、いくらミジンコ以下のちっぽけなプライドしか持ってなかったとも傷ついちゃうんじゃないかな? まあ、ボクがこんなこと言われたら恥ずかしくて死んじゃうけどね、キャハハハ」



 四葵しき姉さんが可笑しそうに笑う。

 



 いくら頑張っても姉さんたちみたいになれなかった。

 頑張っている横で妹たちには追い抜かれた。

 母が望むような、華々しい芸能界を歩める人間に、僕はなれなかった。



 

「だけど、僕だって……どうにかみんなの力になれるようにがんばったんだ! できる限りサポートしてきたつもりだよ!」




「がんばった? できる限り? つもり? ぜんぶ弱者の戯言じゃん。引くわー」


 二葉ふたば姉さんがピシャリと切り捨てる。




「凡人が努力してやっとのところを、オレたち天才はなにもしなくたって余裕でその遥か上に立ってんだ。誰も出来ねぇことを、出来るからこそのスターだ! 誰にもできることをやって、なにイキがってんだよ!」


 六槻むつきの言葉に、みんなが頷いている。




 母が口を開いた。




天ヶ咲あまがさき家の名をもっと世間に知らしめるためには、お前ではもう不十分なんですよ。それに、もう別の人を雇う段取りもついています。なのでお前はお役御免おやくごめんというわけです」



 

 返す言葉もなかった。


 

 この家で居場所を作ろうと、僕は裏方に回った。

 みんなが仕事を出来やすいように資料の作成や、スケジュールの調整、食事管理やSNS運用などをおこなっていた。


 


 強烈な個を輝かせるために、裏方の仕事は芸能界において必要だ。



 

 けれども、いくらでも替えがきく。

 僕じゃなくてもいいということだった。



 

「そして、1番の問題はお前がであるということです」


  


 母の男嫌いは筋金入りだ。

 男のことを醜い豚か、自分がのし上がるための道具としか見ていない。


 

 家族全員が、その思想を幼いころから言い聞かせられている。



 

「あぁ、家族に男がいるだなんて本当に気持ちが悪い。それに7人姉妹というブランディングでもっと売り出していこうとしているのに、男が紛れ込んでいるなんて汚点が知られたら、世間様からどういう目で見られるか。たまったもんじゃありません」


 そう言って母が僕を睨む。



 

 芸能界を賑わせている天ヶ咲家の7姉妹が、実は8人きょうだいであり、その5番目に僕、天ヶ咲伍あまがさきあつむという息子がいることは家族と、ごく一部の関係者しか知らされていない。


 

「ねぇねぇ、この人のことについて話すだけ喉の無駄なのだよ。早くご飯食べるのだよ。自分はお腹が減ったのだよ」


 一人黙っていた七菜ななが、テーブルに並べられた豪華な食事をみながら提案する。


  


「そ、そうだ……今日はお祝い、ではなかったのですか?」


 


「いいえ。祝いの日ですよ、お前をこの家から追い出す記念すべき日です。祖母が亡くなった際に、お前が成人になるまで家で面倒を見ることと引き換えに、遺産を相続し、芸能事務所の資金にしても良いという遺言を残されました。この遺言がなければいつでもこの家から叩き出していたのに……。そして、お前は今日で18歳、つまり成人になりました。これでやっと、遺言の縛りから開放されます」




 母はとても嬉しそうだった。




 僕が幼い頃に亡くなったおばあちゃんが、そんな遺言を残してくれていたなんて……。

 僕に優しくしてくれていた数少ない中のひとりだったと記憶している。




「で、でも……家族で食事をするって……」



「そうです。これから私たちはで食事会です。まさか、自分のことを家族だとでも思っていたのですか?」



 

「あなたのような劣等種がわたしたちと同じ家族だなんて。呆れを通り越してむしろ感心してしまうわ」


「つまらない子だと思っていたけど、最後の最後で笑わせてくれるじゃん。ウケるー」


「あなたが居るだけで、ワタクシたちの価値を下げてしまうことを、まだお分かりでないのかしら?」


「ホントだよ、ボクの視界から早く消えてくれないかな? キャハハ」


「テメェみたいな辛気臭い奴は、見てるだけイライラするぜ」


「自分はこの人のことなんて、最初からどうでもいいのだよ」


「早くこの家から出ていくのです」




 口々に罵詈雑言を浴びせられて、これまでの人生でずっと耐えていたのに、今回ばかりは涙があふれそうになる。




 みんなのことを家族だと思っていたけど。

 どうやら……違ったみたいだ。 



 

 僕がしてきたことはいったいなんだったんだろう。

 こんな僕でも頑張っていれば、いつか認められる日が来るんじゃないかって思っていた……。

 けれど、そんな日が来ることはなかった。



 

 これ以上、迷惑をかけないために、今の僕にできることは、もう……これしかない。




「……分かりました、今日で、僕は家族との縁を切り、家を出て行きます」




「最初からその選択肢しかないでしょう」


「はいはーい、お疲れー」


「ワタクシたちにとって初めて良いことをしたのではありませんこと?」


「三華ねえ、ボクもそう思う。キャハハ」


「お? 泣くか? ホント昔から男らしくねぇ奴だぜ」


「お腹ペコペコなのだよ」


「二度と帰ってくるななのです」




「……っ」



 

 歯を食いしばり、グッと堪える。


 

(耐えろ、耐えろ……泣くな、泣くな……)





 

「……伍、スマホを置いていきなさい」


「え?」




 母さんの言葉が、頭に入ってくるのが遅れて聞き返す。




「それは仕事のために私が与えたものです。それに、私たちの連絡先が入っているでしょう? 流出しては困りますからね」




 たしかに、仕事の連絡に使っていたから、家族や業界関係者など多くの連絡先が入っている。

 連絡先以外にも多くの情報が入っているから、僕が持って出ていくことは許されないのだろう。




 

 ただの仕事道具。けれど、僕にとっては唯一の家族との繋がり、そう思っていた。

 それをテーブルの上に置いた……。




 その時、家族との縁が完全に切れた気がした。




 違う……もともと、この人たちとは家族でもなんでもなかったのかもしれない。

 本当の家族なら、こんなことするはずがないよな。

 家族で喧嘩をすることはあっても、こんな言葉をかけられることはないはずだ。




 こんな人たちに必死に僕は認められようとしていたのかと思うと、ばかばかしくなった。

 一気に心が冷めていくのが分かった。




「お前の部屋として使っているあの物置ですが、きれいに掃除してから出ていくのだったら、今日だけは泊まっていいですよ。私からの最後の情けです」


「……お心遣いありがとうございます」


「あと、他の仕事道具を置いていくことも忘れないように」


「……分かりました、さようなら」



 

 僕は、天ヶ咲家の人々に背を向けて

 二度と振り返ることなく、ダイニングを後にした。




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