第3話 出会い
腰まで真っ直ぐに伸びた黒髪は、その艶からキラキラと輝きを放ち、まるで黒く深い夜空に星々が煌めいているようだった。
くっきりとした涼しげな目元は瞬きをするたびに長いまつ毛が物憂げな雰囲気を醸し出し、ツンと上がった鼻立ちが近寄りがたい空気を出している。
そして顔がものすごく小さいのに、僕よりも高い身長で8頭身以上あり、服の上からでも存在感を放つ大きな胸、まさに抜群のスタイル。
圧倒的な”美”がそこにあった。
それを台無しにするかのように、二人の男が絡んでいる。
「お姉さんよぉ、俺らとお茶しようぜ」
「…………」
「ムシですか? お高くとまりやがってよ、いいから行こうぜ」
一人の男が女の子に手を伸ばす。
「やめなよ」
女の子に触れる前に、僕は男の手を掴む。
「あん? なんだよお前、関係ないだろ」
「うーん、関係はないけど困ってる女の子がいたら見過ごせなくて」
「は? 手ぇ離せよ! おら!」
男が空いた方の手で殴りかかってくる。
「よっ、と」
掴んでいる手を内側にひねり、相手のバランスを崩し、もう片方の手で腕を押す。
すると、男は盛大にこけた。
「いってぇ!! なんだってんだ!!」
「小手返しっていう合気道の技だよ」
芸能人のサポートをやるという事柄、いつ現れるか分からない暴漢から姉妹たちを守れるように僕は格闘技を修めている。
(それにしても僕もまだまだだな、師匠だったらもっと穏便にことを済ませることが出来ただろうに……。)
「まだやるの?」
「くっ……、お、覚えてやがれ!」
「おい! 俺を置いていくな!」
自分の理解できない技に恐れをなした二人は、そのまま走り去っていった……。
その様子を見届けた僕は、動けなくなっていた女の子に声をかける。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……」
美しい見た目の印象とは裏腹に、声がめちゃくちゃかわいい。
(なんだか聞き覚えのある声だな……でも、会うのは初めてなはず……)
「怖かったよね? もう大丈夫だから」
そう言って僕は女の子の頭をなでる。
「え……あ、……」
「ご、ごめん! ……つい」
昔、妹たちにしていたようになでてしまった。
(仕事前に緊張して元気のないとき頭をなでられると頑張れるからと、せがまれてたっけな……いつしかそんなことはしなくなったけど)
「い、いえ……」
綺麗すぎて近寄りがたい印象だった顔が赤く染まっている。
(子ども扱いされたら嫌だよね、やってしまった……)
「その……助けて頂いて、ありがとう……ございます……」
「え、あぁ……うん。気にしないで! 普通のことをしただけだから」
僕は、困ってる女の子がいたら絶対に助けろという格闘技の師匠からの教えが板に付いている。
(とにかく、悪者はいなくなったみたいだから、気を取り直して寮に向かおう)
「それじゃあね」
この場から離れようと歩き出したその時だった。
「あ」
急に足元がフラつき僕は倒れ込んでしまう。
(これは、やばいな……)
「……! だ、だいじょ、うぶ……です、か?」
女の子が駆けよってきて僕を抱き起こす。
(む、胸が当たっていて柔らかい……!)
意識が薄れゆく中で不謹慎ながらそんなことを考えてしまう。
「ごめん、もう限界かも……」
「まさか……さっきので、どこか、ケガして……」
オロオロと困り果てていて、今にも泣きそうになっているいるのに、その綺麗な顔は全く崩れていない。
心配してる表情がむしろ、かわいいまである。
(カッコ悪いところ見せちゃったな……。でも、もう限界なんだ……)
ぐうぅ、とその場に似つかわしくない音がする。
「へ?」
「お腹……すいた……」
僕のお腹は空腹で、もう、限界だった。
○ ●
「美味しー! 生き返るー! ありがとうね、ご馳走になっちゃって」
「い、いえ……助けてくれた、お礼です……!」
女の子に支えられながらも僕は最後の力を振り絞り、近くのファミレスにたどり着いた。
「こんなに美味しいご飯食べたの何日ぶりだろう? 最近は栄養ゼリーしか飲んでなかったからさ」
(昨日も結局、ご飯食べられてなかったし)
「え、……! それは変、だと思います……」
「変なのかな……はは」
姉妹たちの栄養管理はしているくせに、サポートに追われて時間がないということと、自分のことなので食事はテキトーになってしまっていた。
「ところで、家族が居ない人でもここに来てもいいのかな? 僕、捕まったりしない……?」
「? だいじょうぶ、だと、思います……」
「そっか! 僕たちが家族に見えてるから大丈夫ってこと?!」
「か、かぞ……く!? ち、違います! 誰でも、来て良いところ、です……」
「そうだったの!? ファミレスって、ファミリー限定のレストランじゃなかったんだ!」
「ふふ、それはどういう……ボケ、ですか?」
彼女はふわっと柔らかい表情で笑った。
その姿は華が咲いたように綺麗だった。
「いやぁ、ボケとかじゃないんだけどな……。あ、そうだ! 自己紹介がまだだったよね。僕の名前は
僕はいつも天ヶ咲を名乗ることは許されておらず、父方の姓である逆瀬川を名乗っていた。
「私は……
「姫路さん、よろしくね。姫路さんは今日はその苺パフェが食べたくて外に出てたの?」
「そう、なんです……!」
テーブルには僕が食べている物以外に、彼女の前に大きな苺パフェが置かれていた。
月に1度の限定パフェらしい、メニューにそう書いてあった。
姫路さんはパフェを前に目をキラキラと輝かせている。
「へ、変ですよね……こんな見た目で、こんなの好きだなんて」
「え? 変じゃないでしょ。女の子だったら苺とか、甘いものとか、かわいいのが好きだなんて普通じゃないかな?」
すると彼女は目を丸くして驚いていた。
ただでさえ大きな目が、さらに大きくなる。
(え、僕また変なこと言ったかな?)
「普通、ですか……?」
「うん、普通だよ!」
「はい……! 普通……です!」
そして、姫路さんは嬉しそうにパフェをパクパクと食べ始めた。
(とても美味しそうに食べるなあ、ホントに好きなのが伝わってくるよ)
◯ ●
「あの……ひとつ、良いですか……?」
食べ終わって満足した彼女が、僕に尋ねてくる。
元からシャイな感じは伝わってくるけど、それとは違ってなんだかとても言いづらそうだ。
「ん? どうしたの?」
「その……家族が居ないって、どういう……ことですか?」
「あぁ、そのこと……」
(さっきの会話の中で出ちゃってたか。気にならないことはないよね……。)
「ご、ごめんなさい……無神経、でした……」
「え! 大丈夫、気にしないで! 全然大した話じゃないんだけど……聞いてくれるかな?」
この人になら言っても良い、そんな感じがした。
○ ●
「……って、そんなことがあって今日からこの街に住むことになったってワケなんだ」
「……ぅう、……ぐす……」
姫路さんはポロポロと泣いていた。
「え! どうしよう? これ、使って!」
いつも持ち歩いてあるハンカチを取り出し、彼女に渡す。
「ぐすん……ありがとう、ございます」
会ったばかりの僕の境遇を聞いて泣くなんて。
姫路さんは心優しい人なんだと思う。
「うぅ……悲し、過ぎます」
「まあ、仕方ないよ。僕が中途半端で役立たずだったのは事実だからね」
「そんなこと、ない……です! 私を、助けて、くれました……!」
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ。でも、もう気にしてないんだ。それに、あのまま家族として残っていたとしてもロクな目に合わなかっただろうね。今となっては、解放されて、むしろよかったと思うよ」
「むぅ……」
姫路さんは納得してないご様子だ。
ぷくっと膨らませたほっぺたがかわいい。
「話を聞いてくれてありがとう! なんだか色々あったけど、今日は姫路さんに出会えて良かったよ! もし今後、会うことがあったらよろしくね」
「い、いえ……! 私も、出会えて、よかった……です。は、はい。また、よろしくお願い……します」
そうして、僕らはファミレスの前で分かれた。
どうなることかと思ったけど
住む場所も見つかって、姫路さんという知り合いも出来て、今日は良かったな。
そして明日からは学校に通えるし、本当に楽しみだ。
今日だけで今まで想像もしてなかったことばかりが起きている。
これからいったいどうなって行くんだろう?
姫路さんに、また、会えるといいな。
―――――――――――――――――――
【あとがき】
お読みいただきありがとうございます!
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「続きが気になる」
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