イケメン嫌いであることを弟が婚約者にバラしてしまう話

藤浪保

イケメン嫌いであることを弟が婚約者にバラしてしまう話

 その日ミリア・スタインは、弟のエルリック・スタインと婚約者のアルフォンス・カリアードと共に、王都のスタイン邸の庭園でお茶を飲んでいた。


 家族と全然交流を持ってくれない! とミリアが婚約破棄の理由の一つに上げたのがきっかけで、あれはブラフだったのだから気にしなくてもいいのに、アルフォンスはあの騒動の後、定期的なお茶会の開催をミリアに頼んできた。


 アルフォンスからの招待でないのは、カリアード邸で開こうとすればエルリックは嫌がるだろうから、という理由だ。どうせ平民に戻るのだからと達観していたミリアと違って、エルリックは学園でも高位貴族たちと仲良くしているようで、伯爵家に呼ばれて嫌がる事はないだろうが、自分の家の方が気楽なのは確かだろう。


 そうして両家の交流を目的として開かれているこのお茶会なのだが……エルリックはアルフォンスの存在を完全に無視していた。ミリアも学園での自分の態度を棚に上げて礼儀正しくしろとも言えず、ただひたすらにミリアとエルリックが会話を楽しむ場と化している。


 とはいえこの姉弟がただの雑談だけをするはずもなく、スタイン商会が今後力を入れるべき事業だとか、王国の法改正への働きかけだとか、他国の軍事物資の動きといった、第三者に聞かれたらマズいような話題も結構出ていて、割と頻繁にアルフォンスは静かに目を見開いている。そしてそれをエルリックは観察していた。


 アルフォンスは得た情報を上手く使うだろうし、エルリックもそれを見越してスタイン商会に有利になる情報だけを漏らしている。


 家族の交流の場なのに、そんな頭脳戦を繰り広げないで欲しい。もっと軽い話題――例えば最近できた美味しいケーキのお店とか――でいいじゃないか、とミリアは毎回悲しくなる。エルリックの話題に乗ってしまうミリアもミリアだが。


「そういえば姉さんって――」


 一息ついたとき、エルリックがふと思いついたようにミリアを見た。


「イケメンが嫌いだったよね」

「え?」


 さっきまでカリアード領の物流の話をしていたのに、話題が変わりすぎて驚いた。


「横に並びたくないとか、三日で飽きるとか、遊んでそうとか、軽そうとか、顔より誠実さが大事とか、言ってたよね?」

「そういえば、そうだったかも?」


 ずっとイケメンには興味がなかった。特に乙女ゲームのヒロインになってしまったと気づいた直後は、攻略対象の顔を思い浮かべて「ないわー」と思っていた。


「あと、長髪も嫌いじゃなかった? 邪魔だとか言って」

「嫌いとまでは言ってないと思うけど」

「それに黒髪の方が好きだよね?」

「ストーップ!」


 話題が変な方向に進んでいくのを感じて、ミリアはエルリックにストップをかけた。


「初恋も――」

「駄目! それ以上話さないで! アルも、ストップ!」


 ミリアはエルリックに叫ぶと同時に、アルフォンスに駆け寄り腕をつかんだ。


 アルフォンスが自分の束ねた髪の根元にナイフを当てていたのだ。ばっさりいこうと言わんばかりに。ミリアが、短髪好きだと知ったから。


「大丈夫です。アルフォンス様の顔は好きです。長い髪も好きです。大丈夫なので、気にしないでください」


 以前、何かの弾みで黒髪が好きだと漏らした時に、アルフォンスが髪を染めようとして大変なことになったのだ。


「しかし……」


 アルフォンスは納得していないようだった。


「ふぅん、姉さんのこと、本当に好きなんだね」

「もう、リック、アルを試すようなことしないで!」

「僕はまだ信じてないからね」


 そう言って、エルリックは去って行った。


「リアは整った顔が好きではない……」

「いいえ、好きです! イケメンは確かに苦手ですが、アルだけは例外です。だから、絶っっ対に顔を傷つけようとしたりしないでくださいね。絶対ですからね!」

「わかりました……」


 この落ち込みようは絶対にわかっていない。


 しばらくなだめるのが大変そうだ、とミリアは空を仰いだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イケメン嫌いであることを弟が婚約者にバラしてしまう話 藤浪保 @fujinami-tamotsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ