第6話
「それじゃ話がまとまったって事で」
そう言ってエイトがシアンとつくもを交互に見て軽く手を叩いた。
続けて「支度が出来たたら外に行って」と指示を出すと再びモニターに視線を戻す。
支度と言われてもシアンはこれ以上に何か用意する事が無かったので言われるまま外へと向かうことにした。
一方でつくもは「支度をしてくる」と言って奥の方に何か荷物を取に向かっていった。
それを見てシアンはつくもが戻ってくるまで待つか悩んでその場に留まったがこちらを見ずにエイトに「先に行っとけ」と言われたので一足先に外に出る。
昨日入って来た通路を抜けて入口から外に出る。
ドアを開けた少し先にモニターで見た乗り物らしき物体が止まっていた。
シアンは入口から少し歩いた所で一旦足を止めて離れたまま実物を眺める。
そうやって乗り物の外側を眺めている間に勢いよく後ろのドアが開いてつくもが顔をだす。
「実物は思っていたよりもまるだな」
つくもは出てくるなりそんな第一印象を言ったと思えば迷うことなく出てきた勢いそのままで乗り物の方に進んでいく。
見かけは円形の完全な球体でありそれが人が乗るモノだとは暫く眺めていてもすぐには頭に入ってこない。
そして円形である事から転がって進むのは確実だと思う分けだがその場合中に入っているモノはどうなるのかといった疑問も解消できずにいた。
いろいろとネガティブな事を一人勝手に想像しているシアンとは対照的にもつくもは躊躇なく進んで球体に近づいていく。
あと少しで球体に触れられる距離まで来るとそれは勝手に上にすっとスライドして開いた。
自然と開いたのは入るべき入口のようでどうやら一定の距離に近づくと自然と開くようになっているのかもしれない。
とは言えこちらが意図しないタイミングで起こった出来事に流石に警戒してつくもが一瞬だけ足を止めたが暫くしてもそれ以上相手が動かないのを理解したのか歩みを再開させる。
「中はこんな感じですか」
近づいても直ぐに入口が閉まらないのを確認するとそのまま中に足を踏み入れるのではなく先ずは開いた入口から顔を入れて内部を興味深く観察している様だ。
一通り見て満足したのか迷うことなくステップに足を乗せると軽やかに中に乗り込む。
「ほら乗らないと」
つくもがそう言ってシアンの方を振り返り手招きする。
つくもが乗っても球体の乗り物は一切揺れたりバランスを崩す事も無かった。
どうやってバランスを支えているのか遠巻きに見た所でよく分からなかったがそれでもこのままここに居るわけにもいかないのでようやく乗り物に向けて歩き出す。
つくもと同じようにステップに足をかけて体重をかけてながら恐る恐る中に入って座席に座る。
どう見ても外側は球体なのにそれは人が乗ってもバランスを保ったままで中が傾く事はないようだった。
席についてシアンも改めて車内を見回すがその向かいでは未だにつくもも落ち着きなく視線をあちこにに向けていた。
そんなつくもに対して車内に「さっさと席につけ」と冷めたエイトの声が何処からか聞こえてきた。
「ヘイハチ見てるの」
エイトの声を聞いて更に視線をあちこちに向けたり手を振ったりしているつくもに「いいから座れ」と先ほどより強めに声が飛ぶ。
それを受けてようやく「はいはい」と軽く返事をしてようやくつくもが席に着いた。
それが合図だったのか再び音もなく入口が閉まるとゆっくりとそれは動き出した。
「あ、動いている」
それにすぐに反応してつくもが再び身を乗り出す。
何かが回転している音が少しだけ車内でも聞こえる。
当たり前と言えばそうなのだろが当然の様に中が外の回転と同じように回る事は無かった。
そこで改めて車内をシアンは目視で確認するが分かるのは椅子が前後で向かい合う形で設置されていてシアンとつくもは今お互いに向き合うように座っていること。
そして二人の真ん中には窓やガラスが無い代わりに外側360度の映像を映しだす球体のモニターが設置されている。
それをみてようやく気が付いたそこに映っているのはどうやら今現在の外の景色でそれが映像として流れているようだった。
その映像は今ものすごい速さで景色が後ろに消えて行くのを映していて既に車が走り出して何処かに向けて進んでいるのが分かった。
またその映像はどうやら触れることである程度見える場所を操作できるみたいで今はつくもが遠くなっていく出てきたビルを見ていた。
更にその下には何か操作できそうな物理的なスイッチやレバーが設置されているのが確認できる。
「今は自動で制御しているがもしもの場合はその前にある操作盤で自動操縦だから」
シアンが丁度それを確認したのを見計らったかのようにエイトがそう告げて思わず伸ばし掛けていた手を引っ込める。
もし間違えて何かのスイッチを押して自動操縦を切ってしまったら対処が分からないと咄嗟に思ったからだった。
「へーぇ、それは・・・・面白そう。帰りは自分で操作してもいいかね」
手を引っ込めたシアンとは対照的に今は見るだけではなく手当たり次第に何かしらに触れているつくもがエイトか或いはシアンに向けてそう提案した。
「どうせまともに操作できないだろうからやめとけ」
その提案はあっさりとエイトに却下される。
つくもはそれでもエイトの言葉のスキを突くように続ける。
「それじゃあもしもの場合はイコールで死ぬって事になるけど」
これには流石にエイトも返答に困ったのか直ぐには返せずに息詰まったのを感じた。
「だからそうならないための自動制御だって言ってるだろが」
「それにーもしもーがあったらって自分で言ってたのもう忘れたの」
無理やり乗り切ろうとする意志がその返答からにじみ出ている気がしたがつくもが思った通り難を付けてくる。
「仮に自自動操縦に問題が出た場合はそん時はその時だ。だが、自ら問題になりそうな行動は無視できないと言っているんだよ」
それでも少し落ち着いたのかエイトが最終的にそう告げる。
「挑戦なくして成長なしと言うではないか」
エイトが意見を変える気が無いのを察しているのかまだ不満そうにつくもが言う。
だがエイトはもう何も言わずに押し黙る。
どちらかと言えばエイトに賛同していたシアンはつくもから静かに視線を逸らしてやり過ごす。
「意気地なしだな」
やがてどちらに向けて言ったのかは分からなかったがそう呟くとつまらなそうにモニターを再びいじり始めた。
「車体についてと言えば・・この車体は悪路でも走行できるように設計されているから道路の状況に中に居る限りそう左右されにくいはずだ」
乗ってから伝える事ではない様な気もするがエイトが伝えたのは今から都心を離れるということを意味している。
ルートは昨日事前に見せられていたので分かっているが改めて言われると身が堅くなるのを感じた。
現在走っている道は整備が行き届いて平坦な道であるがこれから外に向かうにつれて道はじょじょに無くなっていく。
街を外れた所にある道は整備されていない。
だがこの乗り物はその場所を進むための要件を満たしているという事なのだろう。
「ふーん」
エイトの捕捉に対してつくもがつまらなそうに画面を弾いて返事をしている。
改めて今映っている外側を見ると既に外に出たのかそこには人が住まなくなって自然にのまれて朽ちて荒廃した世界が広がっていた。
本当かどうかは分からないが今でもここで生活している人たちもわずかだか存在しているとかいないとか。
「・・今って本当に街の外に居るんですか」
ひび割れた道に廃墟が映し出される外の映像を見ながらそれまで黙って二人の会話を聞いていたシアンが呟いて顔をあげた。
「そうだなそろそろ外側に出た頃か」
シアンのそんな素朴な問いにエイトが反応する。
その向こうでつくもがモニターをいじって外の様子をズームしたりして何かを見ている。
「何と言うか実感が無いものなんですかね」
これまでも映像とかで外の様子は見たことはあったがまさか本当に街の外に来る日が有るとは考えもしていなかった。
「・・・それはまだ降りてないから」
つくもがそう言って同じような景色に飽きたのか地上を見るのを止めてモニターに空を映す。
言われてみればいつも見ている画面の向こう側の景色であって今はまだ見ている場所が違うだけで実際に外を見た訳では無い。
「人が外の世界を諦めて結構な年月が過ぎた」
街に残っているエイトにそう言われながらシアンがモニターに触れて外の様子を見るために画面を動かす。
そこにはどこを見ても同じ静かな景色が広がっているように見える。
一説によると自然に生えている草や木にある日突然毒素が宿ったという報告があるとか。
それは静かに虫や動物を殺し人が気が付いた時には自然はいつの間にか消えていた。
何時何処で起こっていたのは結局未だに分かっていないが残念な事にそれは架空の話ではなかった。
気が付いた当時の人間達はそれをどうにかしようとしたが結果どうにもできなかった。
何の打つ手も決まらないまま汚染は進んでいきついに一部の便利さを手放さないといけない段階まできていた。
それはもしかすると一人一人が何かに加担している自覚が薄かったのかもしれない。
それでも科学は人の歩みを助けるために研究は継続され今もまだ人とわずかな植物や虫と動物がこの世界に存在している。
ただそのバランスが何時まで続くのかはまだ誰も分かっていない。
「・・・この世界の八割はもう死んでいる・・」
誰が何時言ったのか分からなければそれを確かめた訳では無いのにも拘らずその言葉を誰も疑う事もなくいつしか人類はその事実を受け入れていた。
人類と自然との共存について思わず考えを巡らせていたがシアンは頭をふって今に思考を戻す。
「所でこれからそのビルに行って実際何をするんでしょうか」
二人が既に父親という存在を追っているのは理解したがそこから先の目的まではまだ聞いていない事に気が付いてつくもあるいは会話を聞いているらしいエイトに向けて問いかける。
「うーん・・・えっとねぇ・・・」
聞かれたつくもは顔を上げて少しだけ後ろに下がり背もたれに寄りかかった。
「何・・・なんだろ・・」
昨日あれだけ勢い勇んで行こうとしていたのでこんなに歯切れの悪い感じになるとは思っていなかった。
シアンがまた話題を変えるべきかと口を開きかけた時エイトの方がから声がかかる。
「先ずはとにかく理由を知るためだろ。何で創ったのかそして何故急にそれを止めたのか」
それを聞いてつくもの方から「おお・・」と何故か感嘆したような声を出して、
「でも、もしその理由に納得出来たらそれでいいのかな」
と画面に映し出された青い空を見つめてぽつりとつぶやく。
確かに相手がこちらが投げかけた疑問をまともに取り合うかどうかは分からない。
仮にそれらしい返答が返って来たとしてそれを聞いた時二人はどう受け止めるのか。
そんな事を思いながら改めてつくもを見が今は膝を抱えて顔を隠してしまっていた。
エイトはどこまでこちらの様子を分かっているのかそれともカメラでも何処かに設置してあるのだろうか。
シアンがそんな風に思って車内を見回しているとがエイトの声がつくもに答える。
「その時はつくもが決めればいいさ」
それは聞き方によってはつくもを信頼しているようにも聞こえるが疑って聞けばつくもに全ての責任を押し付けているようにも聞こえるものだった。
「ヘイハチは本当にそれでいいの」
顔を膝で隠したまま静かにつくもがエイトに尋ね返す。
そんな二人のやり取りを聞きながらシアンは昨日少しだけ見せてもらった過去の映像を思い出していた。
恐らくだが二人にしてみれば決してそれは良い記憶ではないと思う。
幾つもの同士の失敗を積み上げた上に二人は間違いなく立って居る。
結局シアンが聞いといて何も言えずに二人のやり取りを見守るしかない。
暫く沈黙が続いたがやがてエイトが口を開いた。
「あいつを追いかける。先ずその決断をしたのお前だろ」
声だけしか聞こえないのでエイトが今どんな表情をしているのかは分からないがその声は平常時とそんなに変わらないように聞こえた。
「それは・・・人には生きる目的が必要だってヘイハチが言ったんじゃん」
対するつくもは苦しそうに声を絞り出しているように聞こえる。
「そうだったな」
やはりエイトは淡々と答えているが果たしてつくもにはどう聞こえているのだろう。
それとも見えない向こうでエイトも今のつくもと同じように感情を抑えているのだろうか。
二人にそれぞれどういった感情が渦巻いているのかは分からないがつくもがただ自分のためだけに父親に聞くという結論に至ったとはシアンにはとうてい思えない。
「もう一度・・確認するけどヘイハチの意見は本当に無いの」
そう言って顔を上げたつくもはシアンの方を見ていたが視線は間違いなくその向こうのエイトに向いていた。
「何も思わないって事は勿論無いがどの道、直接会うのはお前だからな」
それを聞いて「あ・・そっか」と少しだけ寂しそうに呟いた。
その答えはすっと納得させられるようなものではあるが結局エイトの本意でもない事につくもは気づいているのかもしれない。
「って・・はぐらかしたな」
その声は少しだけ明るめに言っていて顔も半分だけ笑っていた。
「何か思う事があったらその時は後でお前に言うだけだ」
「・・・そっか」
その答えを聞いてつくもは抱えていた足を下ろすとすっと横を向いた。
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