第3話
フルフェイスの案内にしたがって人通りの多い場所や防犯警備の薄いエリアを経由して進んだのでその場所にたどり着くまでにそれなりに時間がかかった。
「ここだ」
そう言って一つのビルの入り口で立ち止まって改めてフルフェイスが辺りを警戒する。
幸いここに来るまでに初めの様な襲撃や警官に追われるといった事は無かった。
辺りに怪しいモノが居ない事をフルフェイスが確認してから扉の隣に備え付けれれていた十桁のキーの数字を淀みなく決められた順番で押すとブザーが鳴ってドアが開いた。
「行くぞ」
フルフェイスが先に中に入って扉が閉まる前にシアンもビルの中に入る。
シアンが中に入って直ぐに扉は閉まって辺りは暗くなる。
暗がりでよく見えない先でギラリと赤いレーザーが光ってそれに身構えるがその光に焼き切らる事は無く体は分解されることもなく無事だった。
「・・慎重だね」
その様子を少し先で見ていたフルフェイスは一人呟くと一人で先に歩き出す。
廊下はいつの間にか下側左右から薄明るい黄色で照らされてなんとなく辺りが見える様になっていた。
シアンも何時までも固まっている分けにもいかずに慌ててフルフェイスの後を追うように廊下を歩き出す。
廊下は特に大きな分かれ道もなくほとんど真っ直ぐ進みやがてまた目の前に扉が現れて再び立ち止まる。
入口の時と同じように近くの壁に取り付けられたキーにパスコードをフルフェイスが入力するとドアは静かに開く。
中はすぐ突き当りになっていて廊下と同じぐらいの幅の通路が左右に伸びていてその下が部屋になっていてた。
そしてその部屋の中央に設置されたモニターの前に一人誰かが座って作業していた。
「Hey 8(ヘイハチ)」
手すりからフルフェイスがその人物にそう声をかけると呼ばれた方は不愉快そうに顔を上げてこちらを見上げた。
「エイトだつくも」
フルフェイスに抗議するように言ったと思うのでどやらフルフェイスの名はつくもと言うらしい事がここで初めて分かった。
「そしてまた面倒なモノを拾ってきたね」
つくもから視線をずらしてこちらを見て目を細めた気がした。
「しょうがないじゃん彼も被害者だよパパの」
そう言いながら左側の階段から下に降りていく。
「その言い方には寒気しかしないからやめてくれ」
モニターに視線を戻したヘイハチことエイトは手元のキーボードを叩いて何か作業をしているようだった。
シアンもつくもに続いて下に降りる。
部屋を見回すと雑然と放置されたデスクや棚が倒れたり床にもよくわからない薬液の残りあとのような汚れあった。
「ヘイハチ何してたの」
慣れた様子でゴミをかわしながらつくもがエイトの方に向かっていく。
「お前らをモニターしてたに決まってるだろ」
そう言って改めてモニターを見ると確かにそこにはここまで自分たちが通って来た場所が映し出されている様だった。
「モニターしてんならナビもしてよ」
小さな小瓶を蹴飛ばしたつくもがフルフェイスを外して手近にあったテーブルの上に置く。
「こっちだって忙しいんだよ」
そう言ってモニターの一つが切り替わりそこにマップが映しだれるとそこに一つだけある赤い点が何処かに向けて今も移動している様子が見て取れた
「やっぱ近くに居たの」
それを確認してつくもが赤い点滅を目で追いながらエイトに尋ねる。
「もうだいぶ遠くに移動したけどな」
そう言ってマップを寄りから引きに変えて広く映し出すと今は何処かの通りを走っているようだ。
「なんだ逃げられてるじゃん」
つくもが呆れたように言って画面から目を離して興味を失くした。
「そうそう、あんたには朗報だと思うけど警察はまだ動きはないみたいだぜ」
つくもと会話していたので油断していると急にシアンの方に顔を向けたエイトからそんな事を告げられる。
しかし朗報と言われてもまだこの事状況を自分でもよく理解できていないのでそれが言葉そのまま受け取っていいのかの判断はつかない。
「お父さんまだ移動しているね」
シアンの事情にはあまり興味が無いのかつくもがそう言って再び赤い点を見つめながらエイトに話しかける。
シアンも一応モニターに目を向けて未だ止まる事無く何処かに向かっている点を見る。
「マークが外されない限りは何処へ向かおうと追える」
エイトもマップに視線を戻してそう言うと何かを操作して画面を切った。
「あ」
つくもが少し残念そうな声を出したがエイトは気にせずに立ち上がる。
そこで改めて気が付いたがエイトは余り身長が高くなかった。
見た目的には七歳から十歳の間ぐらいで顔も何処か幼い印象だった。
歩きだすと少しだけふらついたが本人は特に気にした様子もなく進む。
何処へ向かうのかと思ったらテーブルにつくもが置いたフルフェイスの所で立ち止まり持ち上げるとつくもの方に顔を向けた。
「一応、役には立っただろ」
フルフェイスを軽く叩いてそう言ったエイトにつられてシアンもつくもを見たがいつの間にか古いデバイスを持ち出して一人で何かを見ている様だった。
「スキだね」
呆れているのか慣れているのかエイトはそれに対して特に興味もない様でフルフェイスを回収するとまた元の位置に戻りフルフェイスにコードを差して何か作業を再開させる。
別に客として来たつもりでも無いが二人にすっかり置いていかれているシアンは一人立ち尽くしていた。
「あ、コレ見る」
やる事もなくしばらく無言になっていた空間で不意に声をかけられてそっちを向くとつくもが持っていたデバイスをひらひらとシアンに振って見せた。
何を見ていたのかは確かに気にはなっていたので誘われるままつくもの方に移動する。
そして見やすいように差し出されたデバイスに映っていたのはかなり古い映像作品だった。
その中ではつくもと同じような衣装を着た女性が悪役の様なやつらを手にした武器(ヨーヨー)で戦っている様子が映っていた。
「かっこいいよな」
それを目を輝かせながら見ているつくもになんと返したらいいのかシアンは悩んだがどうやらこの作品のリスペクトでつくもがこの格好なのかと理解はできた。
「お、ようやく止まったか」
いつの間にか再びマップを開いていたエイトが呟くようにそう言った。
それにつられるようにつくもがマップの開かれたモニターに駆け寄った。
「どこ」
真剣に赤い点を見つめるつくもを横目にエイトが別のモニターにその周辺を監視しているカメラの映像を映し出す。
どうやら外は雨が降っているのかその映像は不明瞭だったがそこに誰かが立っている様子だけは見て取れた。
それが二人が言っている父親なのかシアンには分からないが二人の様子を見る限りでは間違いなさそうだった。
映像では男は映っている廃墟の中に消えていき画面には誰も映らなくなった。
改めてマップを見ると赤い点は消えていてどうやら建物に入ったことで電波が届きにくくなったようだった。
「廃墟にみえるけど外部との通信を遮断できる程度には設備がある場所みたいだな」
エイトもマップの状態を確認して分析しながら次はその周辺の情報を探し始めたようだった。
「行ってみよう」
つくもが居てもたってもいられれないと言った感じでモニターから離れて足早に階段に向けて歩き出した。
「もう少し待って、それに今回もどうせ罠だよ」
つくもの様子をみてエイトが冷静にそう声をかけるが立ち止まるつもりがないのか歩みは止まらない。
「それに場所もそれなりに離れている」
そこでようやく歩みが止まる。
「・・・」
何か言いたそうにつくもがエイトを振り返るがどうやら何も言葉は出てこなかったようだ。
「また移動した所で居場所は分かるんだ焦るな」
結局エイトにそう諭されてつくもはそのまま階段に座った。
「なあ・・聞いてもいいか」
つくもに渡されたデバイスを切ってシアンが恐る恐る二人に声をかける。
「何だ」
モニターから視線をシアンに向けたエイトが低く声を返す。
「その・・二人が追ってるのって本当に親なの」
聞いた時二人にそれぞれ独特な沈黙があったような気がした。
「・・・そこまで言ってなかったんだな」
少しだけ意外そうにつくもを見てエイトが言って居心地悪そうにつくもは目を逸らす。
「オヤジってのは別に本当のって訳じゃない」
エイトがそう言って語りながらモニターに何かを映しだした。
「これは・・」
そこに映し出されたのはずらりと並べられた円筒のガラス(巨大な試験管)に何かの液が満たされている画像だった。
「クローンは流石に知っているよな」
エイトがモニターを指して確認してくる。シアンはそれにゆっくりと頷いて肯定する。
「オヤジってのはつまり俺たちを造った研究者の事だ」
写真が切り替わりそこには白衣を着た何人かが試験管の中に出来てきた裸の人間を見つめる画像が映し出される。
「一体・・何のために」
クローンを造るとなればその目的があるはずだが個人でクローンを造るのは当然違法である。
そんな危険を冒してまで何をやろうとしていたのだろうか。
「スペアなんだって」
それまで黙っていたつくもが立ち上がってそう言う。
「オヤジはそろそろ二百歳後半だからな」
※人の寿命は現在およそ三百歳が平均で病気や怪我も施設に行けばはぼ無料で対応してくれる。
それはつまり自分の入れ替わりのためにクローンを研究したという事なのだろうか。
仮にそうだとしてもスペアの意味は分からない。
「つまりオヤジの次の入れ物としてのクローンだったんだよ」
エイトにはっきりとそう告げられてもやはり理解はできそうにないそれに本当に精神の入れ替え等可能なのかどうかも怪しい気がした。
「人の脳も所詮は電気信号だ。とは言えそれイコールで完全なクローンが造れる保証はない」
そう言ってエイトがまたキーを操作するとモニターに今度は画像ではなく映像が映し出される。
・・ッザ・・ザザザ・・・
「・・・・失敗だ」
「どうしてこんな結果にしかならない」
「もういいこれは片づけとけ」
映像の中で男が忌々しそうに思うようにいっていない結果にイラつきながら辺りに怒鳴り散らしている。
機材に繋がれていたクローンが拘束を解かれれてぐったりと倒れ込みそのまま床に倒れ込んで動かない。
それを似たような格好の誰かが淡々と作業して片づけいく。
それを片づけていく様は完全に人ではなくモノとしての扱いでそこに同情や情けは感じられない。
そこで映像は止まって映像ノイズが消えて画面が黒く染まった。
「実際、結構失敗してよね」
画面をあまり見ないようにつくもが言って「そうだったな」と淡々と画面を切り替えながらエイトが頷いていた。
しかしそこまで聞いてふとシアンがある事に気づく。
「それってつまりその親父さんってこの場所を知っているって事じゃ・・」
「確かにここはその施設の一つだが既に廃棄されているからオヤジは来ない確率の方が高い」
エイトは淡々とシアンに言葉を返すと再び画像が切り替わった。
そこには大体同じような顔をした人間おそらくクローンの写真だった。
「あ、懐かしい・・・」
それを見て先に反応したのはつくもだった。
「これは・・」
「ここにいたクローン達だ」
改めて部屋を見回しても静かなこの空間に他のクローンが居る気配はない。
「皆生命維持できなくて私たちだけが残ったの」
つくもがシアンが明らかに部屋を見回したのを見たのか静かにそう告げる。
「俺だって結構ぎりぎりなんだぜ」
エイトが何故か自信ありげに持ち上げて見せた手の先が溶けていた。
「それは・・」
驚いている間に手は再び何事も無く形成されそれをエイトは確かめるように握ったり開いたりしていた。
「完全に安定したのはここではつくもだけだったんだ」
それはつまり他は先ほど見たように原型をとどめる事が出来ずに溶けてしまったという事なのだろうか。
「所詮、個人の限界ってやつだったんだろな」
呆れたようにエイトはそう言い捨てて写真を閉じる。
「何があったのかはよく分からないけれどある日突然ここの閉鎖を宣言したの」
つくもがどこか遠くの在りし日を思い出すように言って、
「そして本当にシステムを止めたんだ」
エイトがその先を続けた。
「理由は本当に分からないけれど確かにあれからここには来なくなったよね」
つくもが確かめるように聞くと静かにエイトが頷いてそれを肯定する。
それを聞いても今後もだから来ないという保証はないような気がするが二人はどうやら父親を追っているのでむしろ向こうから来てくれるのを待っている可能性もあるのかもしれないとふと気が付く。
「どちらにせよ都合の良い場所って訳だ」
シアンがそう結論付けてそう呟くと「かもな」と小さくエイトが頷いた。
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