第二話 友達の記憶
「僕、もう一度探してくるよ。」
僕はジーヤにそう言い残し、家を後にした。
アリサは朝、森の奥に行った後ろ姿だけは見ることはできた。
あいつはいっつも先に先にと行こうとするから、見失うことはあるけれど、こんなにも長い時間見えなくなるのは初めてのことだ。
「どこに行ったんだよ、アリサ。」
周りをくまなく探すがあいつの姿も、通った痕跡も全くない。
そんな時、イーズモーデアーが長蛇の列を作り出したのが見えた。
基本3、4匹程度で歩く魔獣であり、こんな風に列を作るのはおかしい。
「何かあるのか。」そう呟いたとき、合点がいく結論が見えた。
「もしかして親玉となる魔獣がいるのかもしれない。」
魔獣のなかにも力を振るい、他の魔獣を従えるものがいるということをジーヤが聞いたことがある。もしかしたらその生け贄として何か運んでいるのか?
そう思いなるべく近くまで寄り、目を細めて見るとそこにはアリサがいた。
「アリサだ。」
一体のイーズモーデアーがアリサを背中に乗せ歩いている。
のしのしと歩くデアーの列を目で追うと、列の向こうには洞窟があった。あの洞窟はジーヤが昔行ってはいけないと言われた洞窟である。
怖い。恐怖が無いわけでは無い。けれど、あいつ『アリサ』のためならばこの恐怖で震えた足も動いた。
「今度は僕がアリサを救う番だ。」僕は洞窟の方へ歩き出した。
僕はアリサとの出会いをふと思い出す。
僕の髪には生まれつき角がついていた。
そのせいで、町に遊びに行っても友達はできることはなく、人に会ってはジーヤの後ろに隠れて誰かに直接的に声をかけることは無かった。
そんな時にあったのが、アリサだった。
「ねぇおじさん、この子叔父さんの子ども?」
声の主を見ると同い年ぐらいの女の子だった。髪色は水色で、店の中に入った光で輝いていた。
洋服屋の娘だったアリサはたまたまあの時、両親の店にいたのだという。その店で服を買おうとしていたときに彼女が話しかけてくれた、のだ。
「君、何歳?」アリサがジーヤの後ろにいた僕に問いかけた。僕は手で片手を広げて小さく「5歳」と答えた。
アリサは隠れていた僕の手を少し強引に引っ張る。
「私とお友達になってよ。私、アリサっていうの。あなたは?」
「僕は・・・グリム」
僕の名前を聞くと、アリサはにっこりとして「グリム、ちょっと面白い名前ね。今日から私とあなたは友達よ。」
僕も笑顔を浮かべて「うん」と小さく言った。彼女が初めてできた僕の友達だった。
それから1ヶ月ほど経ったころ、僕は勇気を出して町に一人で歩いてみることにした。
ジーヤに引かれてばかりだった僕は町までの降り方は分かっても、町のどこに何があるのかは分からなかった。
運悪く入りこんだのは有名なスラム街でどこを見てもあからさまに言動がおかしい人がいたり、違法な売買が行われているようなところだった。
僕がとぼとぼと歩いていると、一人の巨漢が話しかけてきた。
「ぼくちゃん、どこから来たのかな。お父さんはいる。」
身体の大きさと顔の怖さで僕の身体は萎縮し動かなくなってしまう。
「君、角が生えてるね。珍しいね。お兄さんにもちょっとみせてもらってもいいかな。」
そう巨漢が言うと、僕の腕をがっしりと掴み、銀色のナイフをとりだした。逃げたいけれど、身体が動かない。
「助けて。」と小さな声で言うも、ここの住民は見向きもしない。
その時だった、「私の友達に何するのよ。」
そこには水色の髪をした女の子が腰に手を付けて立っていた。
「アリ・・・サ・・・」
僕は涙ぐみながらアリサに助けを求めた。しかし、勝てるわけも無い。相手は大人で身体は5倍以上ある。そんな相手に挑むなんて無謀が過ぎる。
「お嬢ちゃん、この子の友達か。叔父さんがこの子のお父さんを探してあげてるんだよ。」
巨漢はさっきまでの顔が嘘のような晴れやかな笑顔を浮かべる。
「そんなわけ無いじゃない。だってグリムが泣いてるもん。ホントに優しい人だったら泣くわけ無いじゃん。」
威勢のよさは子どものころから変わらず、どんなに大きな人であっても立ち向かおうとするのがアリサだ。
「帰ろうグリム。」と言い、僕の片方の腕を引っ張った。
「嬢ちゃん、静かにしてれば良かったのによう!?」
巨漢はさっきまでの顔に戻り、アリサにナイフを振った。
「アリサ、腕が!!」
僕の腕を掴んだ方のアリサの腕がナイフによって切れてしまった。傷口は大きく、血もかなり流れている。
「大丈夫だよ。このくらい傷でも何でも無いから。」
アリサは笑顔を崩すことを止めなかった。
「俺はな、威勢のいいガキは嫌いなんだよ。」
巨漢はもう一度、ナイフを振りかざそうとしたとき、男の声が聞こえた。
「そこまでだ、ジャック。」
そこには木の葉のように優しい緑色をした髪をもつ30代ぐらいの男がいた。彼は右目に片眼鏡をし、長い足で立っていた。
「すまないね、君たち。こいつはちょっとだけ気性が荒くてね。僕の顔に免じて許してくれると嬉しいな。」
男は作り笑顔を一時も変えずに僕たちに頭を下げた。
「名乗るのを忘れていたね。僕の名前はアダム・ステイコードと申します。ステイコード商会の長をやらせていただいています。」
たんたんと話す彼に僕たちは何も返すことが出来なかった。
巨漢が何度も弁解をするも、彼はほとんど聞き入れることはせず、何度も僕らに巨漢の行動について釈明をした。
「会長。この魔人の角、上物ですよ!?」
巨漢がこう弁明するとアダムは大きなため息をつき、もう一度教育が必要なようだと呟いた。
「ジャック君、君には失望した。僕たちが扱っているのは魔獣の角のみだ。魔人の角は扱うつもりも無い。それに、これはまだ若い。もっと育てないといけないよ。」
アダムは僕の角をジロリとみて答えた。彼の不敵な笑みは今でも脳裏に焼き付いている。
彼はアリサと僕をスラム街の出口まで送り届けてくれた。
そこにはアリサの両親がいて、帰ってくるやいなや彼女を抱きしめた。
その瞬間、アリサは泣き出していた。
「僕のせいでケガまでしちゃってごめん。」
こういった瞬間、アリサは泣きじゃくりながら僕を抱きしめた。
「だって友達だもん、助けるに決まってる。」
その日は二人で泣いた。そして、その日に僕の友達は親友になった。
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