序章 始まりの洞窟

第一話 魔人の赤ん坊

 深い森の奥、赤ん坊の鳴き声が聞こえた。

赤ん坊の髪の色は赤黒く、身体はいたって健康な色をしていた。

 

 甲高く泣く声は森中に広がり、あまりの鳴き声の大きさに鳥や虫も近寄らず、月明かりが彼を照らす。


 こんな時、一人の老人が彼をかごから取りだし抱きかかえた。


 赤ん坊には角がついている。角は《魔人》の証であった。


 老人は一度は手放そうとするも良心には勝てず、赤ん坊を自分の家に連れて帰ることにした。


「君も一人なのか。わしと同じだな。」老人は呟く。


 老人は『グリム』と名を付け、老人の苗字『デルランド』を取り、

 赤ん坊を『グリム・デルランド』と名付けた。



 それからちょうど12年の時が経とうとしていた。



「ジーヤ、ここに薬草置いとくね。」


 グリムは私の作業の手伝いをしてくれている。


 最初はどうやって育てれば良いか分からなかったが、彼の身体は意外にも強く、わしの間違いばかりの子育てでも順調に育ってくれた。


「もうグリムったら、早すぎるよ。」


 もう一人の手伝いをしてくれている『アリサ・グリンデル』がグリムに向けて言う。


「アリサが遅いから僕が速く感じるだけだよ。遅いアリサが悪いんだ。」


「なによそれ、あんたがわるいんでしょ。」


 しかし、人慣れしていないせいか若干、デリカシーのない事は言うが・・・

 まぁアリサに心を許しているからこそ、こういう風に発言できているのかもしれない。


 わしは薬づくりの仕事をしている。依頼主は国などの大きな組織から小さいところで個人の冒険者まで。いろいろな業種のものがわしに依頼を頼みに来る。この仕事には薬草を採集してくる必要があるため、こんなへんぴな森の奥に住んでいるのだ。


「そうケンカをするな。どちらも薬草を採ってきてくれてありがとう。」


 わしが二人にそう言うとどちらも満面の笑みを浮かべた。


「ジーヤがそう言うなら、まぁ許してやらないことも無いけど。」


 恥ずかしそうにアリサが言う。


 こうは言っているがアリサとグリムは仲が良く、いつも二人でじゃれ合うぐらいには心を許している。


「もうすぐ夕飯時だ。ご飯でも食べようでは無いか。」


「「うん」」と、二人は声をそろえて答えた。


「今日の料理はイーズモーデアーのステーキだ。」

 イーズモーデアーはイノシシのような見た目をした魔物で、焼くとこれでもかと肉汁があふれ出てくる。少し獣臭さは残るが、コショウと唐辛子を使って臭み消しをすれば気づくか気づかないかぐらいまでは消すことができる。


「やったステーキだ。」アリサは椅子を揺らしながら喜ぶ。


「これってデアーのお肉じゃ無い?僕、これ苦手なんだ。」


 グリムは下を向いて言った。


「グリムはまだまだ子どもなのね。このおいしさに気づかないなんて。」


 アリサは大きく口を開けて、ステーキをほおばりながら言った。

 それに対して、グリムも悔しそうにとぼとぼと食べた。


 夕食を食べ終わると、二人は床についた。


 アリサは週に二日ほどここに来て、次の日も手伝いをする日はこんな風に止まる。


 そんなときは二人で大きなベットを使って寝る。だいたい毛布はアリサに取られ、次の日はグリムが風邪気味になるのはいつものことである。




 翌朝、目覚めるとグリムがいつも同じ時間に起こしに来てくれる。


「ジーヤ、朝ご飯が出来ましたよ。」


「ありがとう、グリム。アリサはもう起きたのかな?」


「いえ、まだです。二階ほど起こしにいきましたけど、全然起きなかったのでほっといてます。」


「そうか。まぁすぐ起きてくるだろう。」


 朝ご飯は毎日、グリムが作ってくれている。


 今日の朝ご飯はチャードバードの卵を使った目玉焼きと町のパン屋から買ってきたパンであった。


「おいしい朝ご飯だったよ。ありがとう、グリム。」


 わしがそう言うと、グリムは嬉しそうに小ジャンプをした。


「グリムにしては上出来ね。」


 続けてアリサも腰に腕をやって少し上から目線に言う。


「アリサ、口にジャムがついてるよ。」

 グリムがそう言うと、アリサは恥ずかしそうに口を腕で拭い、赤面した。


「何見てるのよ。」アリサは二人をチラリとみた。


「早く仕事始めましょう。行くわよ、グリム。」


 恥ずかしさを隠すように、慌てて薬草採集の準備をし始める。


「先に行ってるわ。準備できたらグリムも来るのよ。」


 準備の出来ていないグリムをおいて、アリサは薬草のある森の奥に行こうとしていた。


「アリサ、待ちなさい。森は危険だ。どちらかが危険な状態になった時に、わしや町の警護団に助けを呼べるようにしなければいけない。二人で一緒に行った方が安全なんだ。」


 わしがそう言うとアリサは一度はドアの前で身体を止めたが、「大丈夫。」と言い振り返ってドアを開けて行ってしまった。


「グリム、早くアリサに追いついてあげなさい。」


「分かりました、ジーヤ。アリサのやつ、すぐに寄り道し始めるから追いつけるさ。」


グリムもアリサを追いかけて森の奥に行った。


 



 それから三時間ほどが経ったころだろうか。


雲行きが怪しくなり、ポツポツと雨が降り始め、雷のような音が聞こえる。


 さっきよりも雷の音が届くまでの時間が短くなっている。


「あの二人は大丈夫だろうか。どこかで雨宿りが出来ていればいいのだが。」

 と呟いていると、ドアが開く。そこには、グリムの姿しかなかった。


「ジーヤ、アリサは帰ってきてる。」


雨でずぶ濡れになったグリムが息を荒立てて聞く。


「いや、帰っていないよ。」


わしがそういうのを聞くと、グリムは目を見開いて膝から崩れ落ちた。


「アリサが朝以来見当たらないんだ。この数時間ずっと探してるんだけど、どこにもいないんだよ。」


森の奥に消えたとなると、最悪のケース獣の類いに連れて行かれたと言うこともある。まずは、近くの町の警護団に助けてもらわないといけない。悔しいがわしの老いぼれた身体ではどうしようも無いのだ。


「グリムはここで待っていてくれ、一度暖を取ろう。わしは町の警護団まで助けを呼んでくる。それまで待っていてくれ。」


グリムを座らせるために椅子を用意すると、

「僕もう一回探してくるよ。」と言って再び走り出して森の奥に消えていった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る