第三話 魔人

「キャー!!!」

 

 シルネの叫びが会場中に響き渡ると呼応をするように会場でも悲鳴が起きる。


「どうした!?彼女たちが何をしたという。」

 

 いつも冷静であるエルフ『アイル』も動揺を隠せないようである。

 エルミナの方を構えた弓が震えている。


 エルミナが今日、初めて声を出す。


「見えていただろう、二人がその人間の子を卑怯にも殺そうとしていたのを。」

 

 彼女の言葉で会場が騒然とする。


「最初に仕掛けていたのは獣人のやつだ。」


 理路整然とエルミナが今さっき起きたことを語り始める。


「見えなかったのか。獣人の子が人間の子に手を差し伸べるふりをして、爪で彼女の一番大きい動脈を切り裂こうとしていた。見てみろ、その死体を。」

 

 エルミナの指さす方向には獣人『ライザ』の首なしの死体であった。

 その死体は確かに鋭い爪が出されている。


「獣人は爪の出し入れが出来る。人間のやつに手を差し出すのに爪を出す必要なんて無い。」


 堅く断言した発言にアイルが、そう断言できるほどの証拠でもないじゃない と、反論する。


「疑わしきは罰するが私の信条なんだ。」


 エルミナは大剣を振るって血を払った。


 じゃあもう一人はどうして殺したのと、アイルが続けて問い詰めた。


「人魚のやつは明らかに、臨戦態勢を取ってるのが見えた。彼女の鞭が人間の子と反対向きを向いてる。引っ張る準備をしているのだと思ったの。」


「もっともらしいことを言っているが早とちりが過ぎるのではないか。」


 アイルが反論をすると、「疑わしきは罰すると言ったはずだ。」と、決まり文句のように言った。

 

 アイルとエルミナがにらみ合っている中でシルネは呆然とお立ち尽くしていた。



「母上、この勝負、殺しはありなのですか。」


 もう一度ワインを一口飲み、乾ききった喉を潤す。


「ルールーには無かったというか、元々お父様が提示した条件は最後まで退場していない者があなたの妻となるだけだったから他に決め事が無いのよ。」


 会場が騒然としているのは変わらない。首なしの死体は以前、観客が見られる位置にあり、にらみ合いも続く。


「一時中止にしてもいいのではないですか。想定していないことが起きているのだから中止にするには十分な理由なのでは。」


 彼が母に助言すると彼女も賛同した。さすがの母でもこの事態は予測できなかったのだろう。


「皆の者、落ち着くのだ。」


 彼がそう言うと、観客はおのおの会話を止め、王座の方向に首を傾ける。

 エルミナ、シルネ、アイルも同様に彼の方に首を傾けている。


 皆が彼を見ていることを確かめると再び話し始めた。


「この試合は一時中断としよう。もう一度やるわけでは無い。一度止め、再度ここから始めるということだ。」


 観客の中には安堵の表情を浮かべる者もいる。この案は名案であっただろう。


 この状態で行えば、観客が混乱してしまい彼女たち自身も何をされるか分からない。


「では、この試合は一度向こうに・・・」


『す』の一文字を言おうとしたとき、大剣が後何ミリかで首に刺されるくらいのところで止まった。玉座の前にはエルミナがいる。


「どういうつもりだ。」

 彼は頭上のエルミナに身体を引いて語りかける。


「この勝負は無効にはさせない。このまま続けろ。そうで無ければこのままお前の首を切るまでだ。」


「僕はこの国の王なのだが。僕に刃を向けると言うことがどういうことか、分かっているのかな。」


「今、この世の中から無きものにされた我々魔族が何をされようとどうと言うことは無い。」

 

 彼女は大剣を退く様子は無い。彼女の殺気はここだけで無く、会場全体に広がっている。


「分かった。先ほどの発言は取り消そう。」


 両手を挙げてエルミナに言った。その発言を聞くと彼女は大剣をおろし、玉座の前から候補者二人を残した場所に戻る。


アイルがもう一度、エルミナに向けて弓を構えた。


「あなたは少し好戦的過ぎるし、話が通じるような相手じゃ無いみたいね。」


 そう言うと、彼女は手を開き、腕を『アイル』の方向に構えた。


「じゃあね」と、『エルミナ』が呟くと手のひらから雷の様なものが現れる。


ツーネルランス


 会場中に閃光が広がる。会場のみんなは同時にあまりのまぶしさに目を閉じた。

 

閉じた目を徐々に開くと、そこにいたのは胴体の中心を貫かれたアイルいた。

アイルは大量の血を流しながらその場に膝から崩れ落ちた。


「魔法だ、と。魔法は魔族の滅亡でなくなったはず。エルミナ、あなたは本当に魔人なのだな。」


会場は騒然としだす。

魔族の滅亡と共に無くなった魔法の存在を目にした観客たちは各々で話を展開し、アイルが倒れ込んだことは見てはいなかった。


『エルミナ』が『シルネ』の方向を向く。


「これでやっと戦えるな、人間。」


彼女の殺気だった顔にシルネはおののき、腰を引いた。











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