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同奏会には弦と管合わせて五十人ほどの参加者が集まり、オケとしてはまずまずの人数で、舞台に並んだ弦と管のバランスもさほど悪くはない。人数の薄いコントラバスやビオラなどといった弦楽器のパートは、現役の子にも手伝ってもらっているようだ。クラリネットは六人ものメンバーが集まり、僕と粟崎さん、それから僕より二十も上の、髪がほぼ白髪に染まる石川さんという男性の人がラフマニノフ担当となった。石川さんはS市のアマチュア市民管弦楽団に入っているらしく、あばら骨が浮いているんじゃないかと想像させてしまうほどの細い体つきながらも、その音は骨太でかっちりとした芯がある。石川さんにはセカンドになってもらい、僕はファーストのアシスタント、そして粟崎さんがファーストだ。粟崎さんは事故からのリベンジとなるラフマニノフをひと月かけてみっちり練習していたらしく、この調子で北寄ススムのサイン会抽選も当ててやると、僕には理解不能な独り言を意気揚々と放っていた。
粟崎さんは建設業の事務をしている。アマチュアオーケストラで入団できるところを探したものの、クラリネットパートの宿命というか、激戦区の関西に募集の空きなんてあるはずもなく、オケは諦めて、年に数回ほど友人たちと一緒に木管アンサンブルを楽しんでいるらしい。クラリネットパート参加者は、卒団したばかりの子が二人と、吹奏楽団に入っている人が一人。
音楽に全く携わってなくて、ノコノコ呑気に同奏会へ参加したのはクラリネットで僕一人だけだった。
ラフマニノフの指揮者は三十代後半のホルンの先輩だ。三つ隣にはミファがいる。ここへ来場して、やあ、久しぶりと声を掛けて、ミファとの会話はそれっきりだ。幹事であるミファは準備進行に忙しく、他のOB・OGとの対応にも追われていて、他大学生で、しかも二年ほどしか関りを持たなかった僕の相手などする余裕もないようだった。下手に話しかけても邪魔でしかないだろうと、遠巻きで眺めるだけに留めておいた。知らない先輩や後輩たちと楽しそうに話すミファは知らない国の人になってしまったというか、壁の向こう側へ渡って帰ってくることのない、僕には縁のない見知らぬ存在になってしまったようで、これもまあ時の流れの一部分でしかないのだろうと、ジワリと広がる寂しさや切なさといったものをクラリネットの音に封じ込める。
――僕はいったい、ここへ何をしに来たのだろう。
次の同奏会は、きっと来ない。貴婦人の音も、これで最後か。今までご苦労さん、ありがとうと、マウスピースに口づけをして、黒い貴婦人にいつもの祈りの儀式を捧げた。
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