(4)

 同奏会の前日の金曜日、僕は仕事を早めに切り上げて新幹線に乗り、新大阪へと向かった。


「大学が統合すれば校舎も変わる」と予言していた征樹おじさんの勘は見事に的中し、今年の六月に外国語学部のキャンパス移転の記事が新聞やニュースで大きく報じられた。移転先はM市の中心となる市街地となるようで、移転完了に五年はかかると予想されている。この事業は大学と市、また北大阪急行の延伸も巻き込んだ一大プロジェクトとして推し進められているようで、新キャンパスには新駅が隣接するほか、図書館や生涯学習センターも新設される。千四百人収容の芸術ホールまで敷地内に建設されるとのことで、六百人ほどの観客でホクホクと満ち足りていた僕たちの時代とは、ランクの格差があまりにも大きすぎて愕然とした。大学が発表した新キャンパスのイメージ予想図によると、主要施設となる外国学研究講義棟は地上十階、延べ床面積が二万四千平方メートルもあり、大手メーカーとも設備提携していて、近代的な外観はもはや大学といった風体ではなく、最先端技術を誇る総合ビルにしか思えない。学生寮はセキュリティが完備された高層マンションとなり、お洒落なカフェや飲食店も立ち並んだ、学生にとっては夢のような楽園、至れり尽くせりの環境となるようだ。


 旧学舎の土地は市で保有し、今後の活用策を探るということである。スポーツ施設になるのか、公園か、はたまた新興住宅地として売り出されるのか、どのようになるのかは分からないけれども、外国語学部の旧学舎が取り壊されるということがこれではっきりと明示されたわけだ。墓石が積み上げられたような無駄に長い階段とか、要塞のような赤煉瓦学舎とか、効きの悪いエアコンに終始悩まされた狭苦しいサークルボックスとか、黒光りの虫にとってはすこぶる環境の良すぎる学生寮とか、そういったものはあと五、六年後に失われる。


 いつか絶滅するのではないかと危惧されていた学祭や語劇祭といった外大の伝統行事は、外大出身のOB・OG団体からの寄付によって支えられており、外大が所蔵していた貴重な書籍も新しい図書館に移される。城西外国語大学管弦楽団は城西大学との統合後、「城西大学外国語学部管弦楽団」と名称を変更して、外国語学部キャンパスでそのまま続けられていた。しかしサークル活動の予算削減と城西大学オケへの学生流出、さらにはコロナ禍によるサークル活動への意欲低下により、僕の在籍していた頃に比べて団員数は半分以下に減ってしまった。マンパワーが減れば演奏できる音楽も自ずと限られてくるし、メンバーが揃わなければ練習もままならない。OB・OGたちの積極的な参加や城西大オケからのエキストラ確保により、年一回の演奏会が無事に催されているようである。


 大学統合、キャンパス移転という時代の潮流に乗った外国語学部は新しく生まれ変わり、古い時代に取り残された赤煉瓦の学舎は失われて記憶の片隅に埋没してゆく。外国語学部の新旧交代劇が良いことなのかそうでないのか、学部の違う僕に意見が挟めるものでもないけれども、古き時代の外大を懐かしむ声は少なくなくて、「新キャンパスにより旧外大は城西大学に助けてもらった」という心無い意見には賛同しかねる。学舎の外観や設備がいくら古くなろうとも、それは外大イズムの一部であり、シンボルであり、誇りであったはずなのだから。


 新大阪のビジネスホテルに荷物を置いて、間山、扇田と駅の飲み屋で落ち合った。扇田は不揃い顎髭を綺麗に剃っていて、つるりとテカる顎のお陰で学生の頃よりも若々しく見えていた。大阪のメーカーに勤める彼は営業担当となっているようで、サービス残業とコロナによる業績不振をビールの唾を飛ばしながら嘆いていた。


 驚くべきは間山の方だ。狐のような明るい髪色は相変わらずで、くたびれたシャツとジーンズを身に付けた野暮ったい姿は学生の頃とほとんど変わっていない。大学三年の夏にバックパッカーでヨーロッパ旅行をした彼は、ポルトガルの片田舎でカナダ人の女性と知り合った。ブロンドの髪にキュートな笑顔、出ているところがちゃんと出ている、まさに間山好みの女の子だったらしい。旅行から帰ってからもSNSで積極的に交流を続け、大学卒業後すぐにカナダへ向かった。日本語教師として働いて、日本人旅行客相手に通訳もしているとか。永住権も取得して、現在は彼女と籍を入れずに、コモンローという、日本で言うところの事実婚をしているそうである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る