Allegro con fuoco(4)
翌週の外大オケでは激震が走った。タダさんが向こう一年間中国へ留学するとのことだ。
タダさんの演奏力に莫大な信頼を寄せている僕たちにとって、彼の抜ける穴は小さくない。しかも再来年の統合により、外大オケ自体どうなるかさえもはっきりとしていなくて、来年が最後の演奏会となるかもしれないのだ。それでもタダさんは、オケではなく自身の将来を選んだ。
「中国の音楽活動は今の世界で最も活性化している場所だからな。オペラも、クラシックも、この先中国が一大産業の場になるのは間違いない。その中で俺が何を出来るのか、今のうちに学んでおくつもりだ」
これからの音楽ストリーミングの中心は中国になるで――そう教えてくれたのはタダさんらしい。クニさんはやっぱり音楽への道を諦めたくなくて、留学をすることで音楽と中国語という自分の能力を高めたいのだそうだ。懸念していたお金の問題は、海外奨学金制度を利用するとのことである。
クニさんという貴重な戦力を失うのは痛いけれども、空気の澄んだ秋晴れを見上げるような、もしくは欠けるところのない満月を祝うような表情をするクニさんの眼はとても自信に満ちていて、頑張れクニさんと皆が心から応援した。
こうしてまた、団員たちの歩むそれぞれの未来を落ち葉のように踏みしめながら、僕の外大で過ごす時間は、冬へ向かう樹が葉を落とすようにしてひらりひらりと失われてゆく。
『粟崎さんが駅の階段から落ちた』――里見さんからLINEが入ったのは、演奏会がひと月を切った十一月も後半のときだった。
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