Scherzo. Molto vivace(6)
「言っておきますけど、吹奏楽ではファーストでしたし、ソロだって任されたことはあります」
「へえ、やるやん」
「指は回ってますし、音程だって――たまにはズレますけど、でもそこまで気になるほどではないと思いますけど」
「まあ、技術的なもんでは粟さんとさほど変わらんやろな」
「じゃあ、気になるのはなんですか。音色ですか。僕の音色ってそんなに良くないですか」
「うん? なんや、アルくん、珍しく怒っとるんか? そこまで突っかかって来んでもええやん。指揮者としての感想を率直に君へ述べとるだけやんか」
「……感想って……木管のことなんて、ロクに知らないくせに……」
「は? なんか言うたか。声が小さあてよう聞こえへんかったわ」
「聞こえなくてもいいですよ。わざわざ聞いてもらうようなことでもないし」
二つの線香花火の勢いが増してきて、二種類の火花のダンスが折り重なるように弾けあい、手元で小さな戦いをぶつけている。絶え間なく闇に伸ばされた幾千もの黄色い触手を見つめながら、その触手の一本が朝の光景を引きずり出して、はあん、なるほど、と思わず声が出た。
「分かった、原因はあれか、夏紀さんか。夏紀さんをここへ入団させた僕への当てつけですね」
「ア……アア、アホか、何言うとんや」と、ほぼ的確に放ったであろう僕のカウンターパンチでタダさんの背中が反射的に仰け反り、手元が揺れて、花火の勢いが若干弱まった。「な、なつ、夏紀のことなんてどうでもええし、個人的な恨みで吹き直しさせるなんて、いくら何でもせえへんわ」と言い訳するにも、声が随分と上擦るところに本心がなんとなく垣間見えるようだ。
「じゃあ気になるのを教えてくださいよ。ブレスの位置とかフレーズの取り方が変だって言うんだったら、すぐに直しますし」
「うん、アルくんのクラリネットは巧いし吹けてはおんねん」タダさんの花火が力を取り戻して、激しいダンスを撒き散らし、僕の触手と絡み合う。「ただな、アルくんのソロはソロであってソロやない。例えるんなら、ブツブツと垂れとる独り言や。ああ、もちろんソロっていうのは独奏ってことやけどな、オケのソロはな――ま、吹奏楽でもそうなんやけど、一人で吹くもんやないんよ。アルくんの音は勝手気ままに独り言を喋っとるだけやから、周りの音楽から浮いてもうてる。他者との会話がないんやな」
「会話って……お喋りしているわけじゃあるまいし、弦楽器ならまだしも、木管楽器を吹きながら他の演奏者と話せるわけがないでしょう」
「頭固い奴っちゃな。例えやんか、例え。アルくんだけやなくて、これはよくあることなんやけど、大勢の中で演奏するにはええんやけど、いざ一人で演奏となると、自分がどういう風に振舞えばいいんかが分からんくなることがあるんや。まあこれは人と同じように演奏させて画一的な音楽を作り上げようとする、日本の部活動の弊害でもあるんやけどな。自分ではピンと来うへんかもしれんけど、前で指揮しとるとよう分かるんよ。今度うちに来る
他者との会話が分からない――演奏方法を語りながらも僕の性格の欠点を暗に指摘されているような気がして、不快な気持ちが胸にわだかまる。安原先生とは城西フィルハーモニー管弦楽団というプロの楽団でクラリネットを吹いている女性奏者であり、外大オケはこの演奏家に冬の定演の指揮をお願いしている。管のことに疎いタダさんならまだしも、プロの奏者にまで見切られたら僕の自信なんて元も子もない。
「アルくんは、なんや、ミファのことが好きなんか?」
「は……はあ?」唐突に突き刺さった問いかけが僕の花火を大きく揺らした。「なんで個人的なことをタダさんに教えないといけないんですか」
「俺には言わんでもええけどな、そういう感情を素直に吐き出すことも、音楽には大事なことや。それが他者と会話するっつうこと。ま、これはアルくんへの宿題やな」
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