Adagio - Allegro molto(5)

 バーベキューが終わり、二次会で近所のカラオケに行こうかという話になったけれども、僕たち外大オケ組は遠慮してその場を後にした。あれやこれやと思うことはあるものの、それでも普段は口にできないような美味しい肉にあり付けたということで、今日の合コンにとりあえずは満足している。自分好みの可愛い子ちゃんに出会えなかった間山は、さいならと一言残して外大寮へさっさと原付を走らせた。


 あれやこれやの面倒事や気遣いで結構な疲労感が体に溜り、気分を覚まそうと胸ポケットから煙草を取り出す。遅れてマンションから出てきたタダさんも横に並んだ。

「俺もちょっと一服させてもらうな」

 道路を走る車を見ながら二人で白い煙を夜に吐き出す。二回分の煙が排気ガスに紛れ込み、訊きだすタイミングを見計らってタダさんにカマを掛けてみた。


「夏紀さんって綺麗な人ですね。傍から見てもタダさんとお似合いっていうか」

 タダさんは灰を地面に落として困ったような笑みを作り、「夏紀とはな、高校のときに付きあっとったんや」と、僕にすんなりカミングアウトした。


「美人やし控えめで悪くはないんやけどな、なんつうか……他人への気配りが足りへんっつうか、相手の気にするもんを平気で言えるとこがあって、俺にはちょっとしんどかったねん。卒業していい機会や思ってあの子と別れて、そんで出会ったのがミファやった」


 まさかミファのことにまで話題が及ぶとは思わなかった。吐き出した煙が蛍光灯の明かりに揺れ、暗闇の世界へ溶けていく。

「ああ、この子はええ子や、きっと俺と合うって、出会った瞬間に俺には分かった。在日コリアンやからって一度は断られたんやけど、俺の方がどうにもならんくらいに惚れ込んでもうてな、何度もアタックしてやっとのことでオーケーもらった。みんなには内緒ですぐに親にも紹介して、それくらい真剣な付き合いやったんよ。でもな、親は在日コリアンってのに難色示して……ミファも親の態度にどこかしら感じるとこがあったみたいで、あの子を相当落ち込ませてもうた。さらに間が悪いことに夏紀から連絡が入ったんよ。俺と一度会いたいって。オケのことで相談したいっていうからそれに応じたんやけど、LINEしとったのがバレてもうて、この人誰や、自分の知らん女と会うなんてどういうことやって、ミファに散々なじられてもうてな。あえなくジ・エンドや」


 飲み会の席でのミファの言葉を思い出した。もし付き合うんだったら、恋に真面目で真摯な人がいい、と。あれはやはり、タダさんに向けた言葉だったのか……

「ミファが怒ったのも尤もじゃないですか。あの子は正しいことに真っ直ぐな子だから、タダさんの行動に何かしら思うところがあったんでしょ」

「せやな、あれはマズかったかもしれん。ホンマ反省しとるよ」


 マズかった「かもしれない」――ここに来て引っ掛かりポイントが三つに増えた。好きな人との諍いの元であるというのに、なんとも軽い気持ちで済ませるもんだ。反省してると言いつつ反省の足りていないようなタダさんの自尊心が、ミファの純粋な気持ちを甚振っているようで、引っ掛かりポイントに苛立ちが沸々と募ってくる。


「この間、ミファと一緒に電車で帰ったんですよ。ミファはいつも何かと戦っているって――運命の道を邪魔する石をいつかは壊してやるって、僕に、僕だけに、それを教えてくれたんです」


 僕「だけ」というのを、特に強調してタダさんに伝えると、その特別なアクセントなど気にも留めないように、ふうん、とタダさんの鼻から白い煙が漏れた。

「じゃあ、その戦っとるもんってアルくんはなんや思う?」

「権力とか偏見とかそういうもんでしょう」

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