4・屋根の上の仔牛たち(14)

「これは……その、ミルク、だってばよ」

「ホンマに? 怪しい感じの茶色いもんが入っとるけど」

「あれ? そだっけ?」と、グラスを目の前に掲げたマヤマンは、手を滑らせてグラスを床に割った。粉々になったガラスと茶色い液体を足裏で床に伸ばして証拠を完全に隠滅させ、「あーあ、やっちゃった」と嘆く彼の顔はニヤニヤとした表情を隠そうともしない。全く、演技の素質がとことんない奴だ。


 頬の筋肉を引きつらせて汚い笑顔を作るマヤマンを、もう一人の銀縁眼鏡を掛けた警官――どうやらこちらも女性のようだ――がナメクジの這う跡を残すようにして、マヤマンの上から下まで隈なく視線を舐めまわした。


「んんー? こいつ、どっかで見たと思ったら、デーモン出版社のマヤマンか」

「ススキノワ、こいつのことを知っとんの?」

「うん、一度な、道路の真ん中で泥酔しとって牢屋にぶち込んだことがあったから――なあマヤマン、うちら相手に悪事を働いて、反省も謝罪もせずにチョロまかそうとしたら、自分がどうなるか分かっとんよな? ミファ刑事の親は州知事やし、うちの親は大統領の側近や。市場をちょいと操作すればデーモン出版社への大バッシングで、そのうち大変なことになるんやで。せいぜい今から覚悟しとくことやな」

「んなチープ設定ありかよ!」

「さ、マスター、素直に白状しいや。ホンマはこの店に酒を置いとんよね?」


 ミファ刑事はカウンターへ近づいてマスター・クニックに詰め寄った。カタヤッツとイシキア・ニシキアたちは、ミファ刑事から逃げるようにして席をずらした。彼女たちの飲んでいたカクテルは、マヤマンがグラスを落とした際に、クニックの咄嗟の機転によってミルクへとすり替えられていたようである。ミファ刑事はカウンターに肘を預け、形のいい顎を手の甲に乗せて身長百八十センチの巨体をじっと見上げた。空気を半分に圧縮させてしまうようなクニックの眼力は、僕にはとても耐えられないものだけれど、ミファ刑事はそれに怯むこともなく跳ね返していて、彼女の放つ目力にもなかなかの鋭いものがある。


「ハン、俺の店に酒なんてあるわけがない」

「嘘やったら承知せんで」

「嘘じゃない。元からないものを探せるわけがないだろう。とっとと諦めてここから出ていけ」

「ふふっ、ここに来てまだうちらに刃向かう気なん? いくら強気にされても必ず証拠を暴いたんで」

「それはそれは、頼もしいことだ」マスター・クニックは口角をふと緩め、足元に視線を降ろした。「ならば仕方がない。お前たちにはこれをお見舞いしよう」


 マスター・クニックは腰を屈めて足元から何やら大きなブツを取り出した。肩に抱えて見せたのは、黒くて細長い、金属製の筒――バズーカ砲だ。

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