4・屋根の上の仔牛たち(12)

「いやいや、アマチュアだったらそれでいいんすけどね」と、マヤマンは赤毛女カタヤッツに強く否定する。「プロっていうのは自分の力がないとダメなんすよ。他人の情熱を食いもんにして書いてるなんて、いつか絶対に自分の情熱が消えるっていうか……もしマエヨリーナがいなくなったら執筆どうするんすか。一作しか物語の書けない、ただの一発屋になっちゃいますよ」


 まあそうだよな、と僕もそれに心で同意した。台本に台詞がないから黙っているけど。ここまで反応を見せることのなかった当事者であるアワサキーノさんは、いつの間にやら規則正しい寝息を止めていて、グラスを持つ手が地震のように細かく震え出し――


「そんなん、人の勝手やがな!」と大声を張りながらガバリと頭を上げた。やっべ、起こしちゃったと、マヤマンが身をキュッと竦める。

「マヤマン如きにあれこれ言われとうないわ。心配なんかされんでも、ちゃんと続編も書いとるし」

「マジっすか。それじゃあ早く俺に読ませてくださいよ」

 フン、と鼻を鳴らすのはマスターのクニックだ。

「一発屋が続編を書いたところで、せいぜい1.2発屋程度にしかならんだろうな」

 クニックの弓から放たれた矢が、アワサキーノさんの黄な粉ドレスに見事命中した。ぐうっ……と呻きながら彼女の体が二、三歩よろめく。


「1.2はさすがに……せめて1.3か1.4くらいのレベルにはしたいねんけど……私はな、マエヨリーナのためだけやない、全身全霊を掛けて誰かの役に立ちたいと思って執筆しとるんよ。私の作品でどうやったらみんなが喜んでくれるかって、それだけを考えてな。他人のためやなくて自分のために書けっていうのは、マジョリティーが作った勝手な理想論や。世の中にはな、大切な人を柱にしてしか書けん人もおるんやで。そういうマイノリティーの尊い感情を一切合切無視しおって、いかにも自分たちの考えが正しいって押し付けてな、それこそがマジョリティーの横暴っつうもんや。自分たちの価値観で人をゴリゴリにねじ伏せて、マイノリティーの繊細で純粋で壊れやすい氷柱を押し潰すなあ!」


 アワサキーノさんの鼻が限界まで膨れていて、怒りの鼻血が今にも噴き出てきそうだ。お願いだから落ち着いてくださいとなだめるも、アワサキーノさんの頭上からは幾度となくプンスカ蒸気が沸く。


「やれやれ、とんでもないヘンタイ作家やな」と、怒りの噴煙をものともせず、赤毛のカタヤッツがするりと返す。

「変態ですねぇ」

「ヘンタイです」

「ただの変人だな」

「でしょ?」

「変態ヘンタイってみんなで喧しいねん!」


 躊躇なく続々もたらされるアンチの意見に、悲劇の作家・アワサキーノさんの目からだくだくと涙が溢れだして、黄な粉ドレスに黒みつのような染みを付けた。

「自分が変やなんて、わざわざ他人から教えてもらわんでも分かっとるし。でもこれが私の生き方、書き方やからどうしようもないねん。こうなったらヤケ酒や。おいアルゴ、酒持ってこい、酒!」

「もうやめてください。飲み過ぎです」


 空になったグラスをアワサキーノさんが激しく振り回し、僕が必死にそれを押さえつける。喧々囂々となる僕たちの会話劇、そこから数歩離れた場所が少しずつ明るくなってきた。


「おうおう、大人しく聞いとったら何やらオモロイこと喋っとるやんけ」と椅子からゆっくり立ちあがるのは、誰もがその名を知る街のギャング、賞金首のキンカン・ニューヤンである。この街の裏の支配者であり、街全ての密造酒の手配はニューヤン一派が独占しているらしい。太い眉と揉み上げは力を鼓舞するが如く伸びていて、半袖から覗く二の腕にはト音記号の刺青が彫られていた。所々に傷を持つ厳つい顔つきをした屈強な男性が三名、ニューヤンに続いてふんぞり返るように腕を組む。三人の腕にはそれぞれ、ホルンとトロンボーン、チューバの形をした刺青があった。


「おい、喧嘩なら迷惑だ。俺の店の外でやれ」

「喧嘩ちゃうで、クニック。俺が気になっとんのんは、その小説っつうもんや」ニューヤンの太眉が僕たちの方へ向けられた。「そこのお嬢ちゃん、いっぺん俺らにも書いたもん見せてみい。俺が感想述べたるわ」

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