4・屋根の上の仔牛たち(6)

「タダは女を泣かしてばっかりでホンマけしからん! うちの友だちも振ってからに、めっちゃ泣いとってな、許さへんで。一度くらい無様に砕け散って大火傷負ったらええねん!」


 推しの球団が負けたおっさんのごとく、粟崎さんは缶を手にしながら胡坐あぐらをかいて、オラオラと大声を張り上げ続けている。手にしているものはアルコール度数九パーセントの缶チューハイだ。

「コラ、粟さんに酒飲ましたの誰や!」とタダさんが周囲に叫ぶ。


「酒なんか飲んでへんでぇ――おい、アルゥ、こっちに座れ。今からみっちりとお説教タイムや」

「嫌です、お断りします」と、僕はガラの悪い酔っ払いに毅然とした態度で立ち向かった。


「ってか、タダ、また女振ったんか?」

「いや、どうやったかな、何のことかさっぱり……」

「これで振ったん何人目や」

「そんなに振っとらんわ。せいぜい七人、八人か……」

「嫌味なやっちゃのぉ。タダは他に好きな人がおるもんな、オーケー貰えとらんけど。ははっ、ザマぁやで」

「やかましいわ!」


 金管軍団からの猛攻撃からタダさんが必死に防戦していて、それと同時に夜空が明るく――まるで照明弾が放たれたように明るくなった。ほんのひと時照らされた空は、すぐさま何事もなかったかのように暗闇を取り戻す。

「見て、流れ星!」


 ミファの指す方――城西大のある方角に、豆粒ほどの白い光が尾を引いて夜空から落ちてきた。それはそれは美しい、炎の尾を持つ宙の使者だ。流れ星は尾っぽを付けたまま高度をどんどん下げてきて、城西大の上空辺りでふっと消えた。 


「え……隕石? 火球?」

「あっちに落ちたんちゃう」

「ちゃんと願い事した?」

 騒めくみんなの声の中、火球と隕石と流れ星の違いはなんだろうと妙な気持ちに引っかかる。引っ掛かりの原因は自分でも分かっている。


 ――タダさんの好きな人って、誰なんだろう。


 仲間みたいやね、と言ってくれたミファの声が蘇る。友だちから仲間と言われたなんて生まれて初めてのことだったし、この先言われることもきっとない。その気持ちが歯がゆくて、気管の奥の筋肉に妙な力が入るのを感じていた。


 これ以上は考えない方がいい。考えすぎれば、きっと取り返しのつかないことになる。今この瞬間を大切に、どうかこの平和が続きますようにと、記憶の中の流星に希望の手紙を託しておく。

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