4・屋根の上の仔牛たち(4)

「へえ……間山くんはどんなイメージにしたの」

「んん? えーっと、確か……天使みたいな女の子に囲まれて天国で暮らしているような、そんなイメージだったかな」


 質問者である僕を見ずに、間山の視線は金魚のように宙をピロピロ泳いでいる。嘘をついているのは明らかで、こいつのことだから余程やましいイメージだったんだろうなと見当をつけた。


「で、間山くんのこの曲に対するイメージとは?」

「ミヨーのおっさんが住んでたのってフランスだろ? フランスの酒場っていったらあれじゃん、キャバレーじゃんか。たくさんの可愛い子ちゃんたちと酒飲んでる、夢みたいなイメージだよ」


 やっぱり女が絡むのか。ニヤニヤと口元を緩ます間山の頭上に小さなハートマークが乱れ飛んでいて、呆れたような空気が木セク部屋に漂うが、でもそのお陰か、一筋の記憶の糸がふと空気の波間から導き出された。


「えっと、あの……」と、スコアを手にして微妙な空気にそっと割り込む。「ミヨーの生涯を紹介した本を読んだことがあるんですけど、牛のこともそこに書いていてあって……」


「屋根の上の牛」にはジャン・コクトーが準備したシナリオがあるものの、即興的に作られたパントマイム・バレーであり物語性はない。舞台は禁酒時代のアメリカ、とある酒場でマスターが客にカクテルを振舞うところから始まる。登場人物はボクサー、黒人、貴婦人、男装の赤毛の女、出版社の男、正装の紳士など。酒の勢いで宴は盛り上がりを見せるが、飲酒を聞きつけた警官が乗り込んできて酒はミルクにすり変えられる。客と警官のすったもんだの末に、送風機の羽が運悪く警官の首を切り落とし、赤毛の女は警官の首を持ったまま狂ったように踊り回る……、と、考えれば考えるほどに荒唐無稽な作品なのだ。


「――例えばですけど、木管の中で役割を決めたらどうですかね。この話に添ってみれば、貴婦人の澄んだ歌声はフルートで、男装の赤毛の女はオーボエ、実はこの人レズだったりして、フルートの貴婦人へ淡い恋を抱いている。ほら、この辺りのフレーズなんか、オーボエがフルートの旋律へ執拗に絡んでいるでしょ」

 スコアを見ていた加田谷さんの口角が微かに上がった。


「ファゴットは出版社の男で、ここのリズム……タンタタ、タンタタって呑気に手拍子をしてるっぽいし、クラリネットは正装の紳士で、酒を飲むとどんどん酒乱になってくる」

「うち、そんなに酒飲めへんのに」と、粟崎さんは不服そうに口を尖らした。


「……まあとにかく、金管はやっぱりボクサーと黒人かな、喧嘩っ早い荒くれ者。主役で進行役のマスターは弦楽器。こうやって考えると、元気な曲調のところとか、タンゴの部分とか、眠そうなシーンとかが頭に浮かんできませんか?」


 僕の説明と一緒になってみんなの目がスコアの上を踊り始める。警官の首が切られるとか、その首を持って踊るとか、理解不能なシーンはあるものの、それでもイメージがグッと膨らんできて、粟崎さんの首が小さく上下していた。それじゃあ最後にもう一度だけやってみましょうと、楽器を手に取ったところで――


「おうい木管、セクション練習終わりの時間や」と、扉が開いてタダさんがひょっこり首を出した。「――今日はこの後から管楽器の心のセクション始めんで。木管のみんな、楽器をしまったら屋上に集まって」

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