3・変人たちの集う夜(15)
城西大オケのチケットならば言うことなしだ。できればミファを誘うことも条件に、合コン人数を考慮して四枚分、二つ返事でオーケーした。外大でチケット購入を訊いてみると、やはり天下の城西大オケというべきか、即座にチケットは売り切れて、それが先ほど挙げたメンバーだったというわけだ。指揮者、コンマス、ミファそして僕。なんともちぐはぐな濃いメンバーで揃ったものである。
現地に着くと、白い階段にはすでに人が二十人ほど列を作っていて、最後尾に僕たちは並んだ。
「こんなホールで演奏するんは気持ちええやろうなあ」
ザ・シンフォニーホールは、外大ご用達の六百人収容市民ホールとは月とスッポンの堂々たる風格で、何本にも建てられたホールの太い柱を眺めながら、タダさんがしみじみと羨ましがっていた。
「うちも四千人の大観衆の前で演奏したことあるんよ」
「冗談言うなや、ホンマか?」
「うん、野球部が甲子園に出たから、その応援演奏で」
なあんや、そのことか、とタダさんが笑みを零した。
「城西大オケは初めて聴くなあ。レニングラードなんてめったに聴けんからちょっと楽しみ。んふふ」と、ミファが声を弾ませる。暑さ対策か最近は髪をアップにすることが多くて、栗色の後れ毛が無造作に首筋へ流れている。襟を後ろのボタンで留めていて、ワンピースの背中側に小さな穴が開いていて、穴から出ている白いうなじに自然と目がいった。
対してタダさんは白い開襟シャツと黒のパンツというシンプル且つ洗練された出で立ちで、僕の前で列に並ぶ二人はどこかのドラマから飛び出たようなオーラを周囲に放っていた。先日のトゥッティの件で気まずい雰囲気になるかと思いきや、ミファもタダさんも以前と変わらず打ち解け合っていて、ホッとしたというか、お似合いすぎる二人を目の当たりにすると悔しい気分もあったりする。
「城西大の弦楽器とクニさんって、どっちが巧いかな」と、ミファはクニさんに語り掛けた。
「フン、くだらん質問だ」
「そりゃあクニやったら、こっちでも十分通じるやろ。プロ目指してもええくらいやで」
「ホンマや、うちも同感、今からでもやってみいひん?」
「プロを甘く見るもんじゃない。俺にはそんな実力なんてない」
「あら、謙遜なんて珍しい」
はあ、とクニさんにしては珍しく、ため息が口から洩れた。
「謙遜なんてするものか、本当のことだ。東京の音大主催のソロコンテストに出たことがあるんだよ。そこで賞を貰えれば音大への入学権利と奨学金の優遇措置があったもんでね。俺の実家はばあちゃんが介護付きだから、お金の余裕が全くない。もちろん腕には自信があったし優勝する気満々だったけど、優勝どころか賞にすら掠らなくて結構なダメージを食らった。その年は大学を諦めて、もっと就職と金になりそうなところをと思って選んだのが中国語専攻だ。ここだったら優良な大企業にパイプのあるOBがたくさんいるからな。音楽家は金にならんし、そもそも実力が足りないからプロにもなれない」
意外な経歴と堅実な将来設計に少しばかり驚いた。タダさんが何かを言いかけようとしていたが、受付が開いて人が動き始めたのでそれに続く。僕たちの後ろにも三十人ほどの客が並んでいた。ミファは階段を上りながら「でもホンマはプロになりたいんちゃう?」とクニさんに尋ねた。
「まあ、興味がないと言えば嘘になるが」
「もしそうやったとしたら、うちはいくらでも応援すんで」
「……そういうものを気軽に口にするもんじゃない」
低音ボイスのクニさんの口調が柔らかなアルト声に変化した。いつものごとく、ミファのヨイショにとことん弱い人だ。
受付でチケットを渡し、四人でロビーをウロウロしながら出入り口を探していると、「あれ? アルやんか」と女性の声が僕に掛かった。
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