3・変人たちの集う夜(9)
「どこに行ってたの。サークルボックスの玄関が閉まっちゃうよ」
「今まで朝鮮語ゼミの部屋にいてたん。わざわざファゴット運んでくれたんやね、ありがと。すぐに片付けんな」
なんとなく目が赤いような気もするけれど、気が付かない振りをした。ミファがしゃがむと水色カットソーの肩と背中の色が濃くなっていて、栗色の髪もしっとり濡れていた。こういうときにハンカチでも差し出せば男としての株も上がるのだろうが、そんなものが都合よくあるはずもなくて、代わりになるものを探そうと鞄の中をかき回し、ポケットティッシュを取り出した。
「ミファ、これしかないけどよかったら拭いといて」
「ああ……助かるわ。風がすごくてビニール傘が壊れてもうたん」と、白い腕についた雨粒をティッシュで拭いていく。トゥッティの話題を持ち出すべきか、それとも忘れたふりをするのがいいのか、もしくは優しく慰めるのがいいのだろうか……いや、ミファのことだから同情なんて必要ないだろうけど、こういうときの立ち振る舞いが僕にはさっぱり分からなくて、どうしたもんかと下唇をぎゅっと噛んだ。一時の沈黙の壁を押し上げるようにして、「あの」と「えと」という僕たちの言葉が重なった。
「……トュッティのこと、気にせんとってな。色々と考えてもう吹っ切れたし」
「……そっか、ならよかった」
その後が続かない。雨はもう止んだのか、ひんやりとした空気が足元に流れてきた。ミファは黙々と楽器を片付けて、ケースをパチンと閉めて楽器庫に運んだ。そろそろ僕も帰ろうかと部屋の鍵を掛け、桶男のポスターをペラリと捲り、扉の小窓の凹んだ部分に鍵束を隠す。階段を降りようとしたら、「なあ、アル」と背後から声が掛かった。
「原付で千中まで行くんやろ? うちはバスで駅に向かうし、もしよかったら待ち合わせして一緒に帰ろ?」
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