3・変人たちの集う夜(7)
「な、ファゴット喧しすんなって何べんも言っとるやろ」と、ファゴットパートの口喧嘩にタダさんの眉間皺が反応した。「丁度ええわ、間山くんの音を聴かせて。Xから」
指示されたのはファゴットのソロがある重要な箇所だ。指遣いが難しいのかは知らないが、間山のソロの間違うときが何度かある。みんなが静まる中で演奏すると余計に緊張するもので、そのプレッシャーが緊張の上乗せとなって指を空回りさせてしまう。案の定、間山はいつものように指が回らなくて、厳しめの声で注意が飛んできた。
「間山くん、ここはファゴットの一番の見せ場やからな、吹けんと本番で恥かくで。ちゃんと練習しとかなアカン」
「……はい、すんません」
すかさずミファが水を差した。
「だから言ったやん、ちゃんと練習やらなって」
「はあ? 練習してるって言ってんだろ」
「なんやねん、怒らんといてや」
「怒ってねえよ」
「怒っとるやん。言わんと分かってくれんから言っとるだけやんか」
「もう、いちいちうっせえんだよ!」
タダさんの指揮棒がパシンと譜面台に音を立てた。
「こらファゴット! いい加減にせえや!」
ドンッという地鳴りのような雷音が轟いた。同時に大粒の雨が窓を破るほどに叩きだした。大きく弾けた雨粒が立て続けに窓へへばり付く。遅れて稲光が窓を白くする。冷房の風はますます効きが悪くなって、湿気の多い風が部屋に舞う。ここまで苛立ちを隠さないタダさんの声を僕は初めて耳にした。ファゴットの二人は黙り込み、僕たちはどうしたものかと息を飲み、雨音だけがトゥッティ部屋に元気に響いて、雷雲よりも重い空気がこの場を覆った。
「俺からの命令や――牛のファゴットは一人でええ」と、タダさんが静かに忠告する。「ミファの言いたいことは俺にも分かる。練習足りてない間山くんを責めたくなるのも、曲を良くしたいって気持ちも理解できる。でもな、この曲を指揮するのは一演奏者やなくてこの俺や。曲を導くのは指揮者やで。指揮者の言うことを聞かんもんは、いくら技術があったとしてもトュッティには必要あらへん。場を乱すくらいなら、すぐにここから去ってくれ」
反論許さぬ厳しい視線がファゴットの二人に向けられた。しばしの後、「うち、帰ります」とミファが立ちあがり部屋の外へ出ていった。雨音に混じって、ミファさん……と、扇田の嘆く声がする。タダさんは彼女を追うこともなく、間山にソロを再び命じた。
「間山くん、自分の立場を分かっとんよな。このソロ吹けるまでは練習終わらせへんで」
「……はい」
怯えたような、弱々しい間山の声が返ってきた。団員たちが見守る中で二度、三度繰り返すが、こういう状況で心の落ち着くはずもなく、同じ間違いが延々と繰り返されるだけだった。もう一回、もう一回とダメ出ししていた練習も、八回目になったところでタダさんは間山のソロに見切りをつけ、失望の色を顔に滲ませながら他の場所へと切り替えた。
滝を打つように雨が激しさを増してきた。この土砂降りの中、ミファは家へ帰ったのだろうか。気もそぞろなままトュッティは続く。
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