3・変人たちの集う夜(4)

 あまりのテンションの高さにリアクションを返す間もなく――というか、どうしてここにこいつがいるのか、その疑問さえ片付けることも出来なくて茫然と立ち尽くしている間に、扇田は勝手にミファの白い手を両手にとって強く手を振って握手を交わし、二人で自撮りをするためにピースサインでポーズをとる。他人との壁を一ミリも感じさせない扇田の強引な迫り具合に、さすがのミファも抗うことなく流されるままに写真撮影されていて、大きな目を白黒するばかりだ。


「いやーお会いできてホンマによかった。この写真は一生もんの宝物や」と、扇田はたるんだ瞼の奥の瞳を喜びの涙で潤ませていた。突如現れた正体不明の男性に、ミファは「はあ……?」とポカンと口を開け続けている。ようやく僕も我に返り、ニヤニヤ笑顔でスマホの画面を眺める扇田に問い詰めた。

「いやだからもう一度訊くけど、なんでキヨトがここにいんの」

「お前もしつこいやっちゃな、練習や言うとるやん。ここのエキストラに参加させてもらってんや」


 扇田は関西学生オーケストラ連盟――略してオケ連という団体に所属している。年に一度、関西の学生が集まってザ・シンフォニーホールで演奏するイベントがあり、その演奏会やオーディション、演奏会場の手配、練習場の確保など、ボランティアで準備活動する団体である。当然ながら大学同士の繋がりができるわけで、外大オケのオケ連メンバーを捕まえて早速エキストラを申し込んだそうだ。もちろん目的はミファに近づくためである。あれほど僕が警戒していたというのに、オケ連という手を使うとは全くもってしぶとい奴だ。


「――ちゅうわけで、じゃあミファさん、一緒に練習しましょか」

「はあ、えと……扇田くん、やったっけ」

「あ、ミファさん、できれば呼び方はキヨトがええなーなんつって」

「うん、扇田くん、よろしくな」


 微妙に噛み合わない会話をその場で終わらせ、奇人変人扇田を渋々トゥッティ部屋へ案内した。エキストラというのは外大オケを支えてくれる大事なお客さまでもあるわけで、どれだけ奇天烈な奴だといえどもぞんざいに扱うわけにはいかないのだ。エキストラ用のコントラバスを出してやり、扇田はちゃっちゃと音出しする。――うん、思っていたよりも、なかなかいい音じゃないか。初心者で始めたはずの扇田は、城西大オケのスパルタ教育のお陰もあってか腕前もそれほど悪くないようだ。


 音合わせが迫ってきて、個人練習の時間がなくなった。他の弦楽器も入ってきたので僕もクラリネットの準備をする。楽器庫から自分のケースを持ってきて組み立てていると、「ちぃーっす」と、ファゴットを抱えた間山が入ってきた。

「間山くん、さっきのだけど……」と声を掛けるも、怒りが未だに収まらないようで、頭から湯気が立ちあがるほどに細い目が吊り上がっていて、こりゃマズいなあと気を揉んだ。手に持つ楽譜は間山の作った古いもので、ミファとの話はまだ決着がついていないのかもしれない。


「間山くん、楽譜はどうするつもり? 自分のを使うの?」と、恐る恐る友人に声を掛けた。

「ああ?」と二つ隣の間山は不機嫌そうにこちらを向く。「当たり前だろ。あいつのなんて死んでも使わん」

「ミファのことは許してやれよ。あの子はあの子なりに何かをしてあげたいってのがあったんだから」

「うっせ、アルには関係ねえだろ。悪いけど練習させてもらうわ」


 僕との会話をぶった切って間山は譜面台を組み立てはじめた。が、ネジが緩んだ譜面台は思うように立たないようで、縦に横に譜面台が揺れていて、ハズレを引いたと文句を垂れながら新しい譜面台を取りに行った。仕方なく僕もパラパラと指を動かして音出しを始める。粟崎さん、加田谷さん、弦楽器、管楽器、それぞれ団員たちも入ってくる。続いて入ってきたミファは、機嫌悪い間山の様子にどうしたもんかと小さな肩をキュッと竦め、彼の横に大人しく座った。

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