3・変人たちの集う夜(2)

 ふうんと僕は頷いた。

「それのどこがおかしいの。あの子って可愛いし、付き合えて嬉しかったのは僕だってそうだよ。問題なんて別にないじゃん」

 いやいやマズイのはその先や、と扇田は箸の先をこちらへ向けた。「――サマコンの代表メンバーになるためには指揮者が権限もっとんやけど、なんでもその代表入り目的で指揮者をゲットしたんやないかって、周りのみんながザワついとんやで」


 まさか、そんな不埒ふらちな目的のために美華がそこまでするだろうか。僕が知ってる美華はプライドが高くて負けん気の強い子ではあったけど、枕営業で昇進ゲットなんてするような子ではないと思うのだが。尤もそれは僕の色眼鏡が入っているわけで、恋に盲目みたいなところがあるだろうから実際のところはどうだか知れない。去年の定演の代表入り落選があまりにも悔しくて、挽回するため色仕掛けをしたとか? まさか、可能性があり得なくもないけれど……


「美華ちゃんな、それまではクラリネットのパートリーダーと付き合うてたんやで。しかもそのパートリーダーってな、入団オーディションで美華ちゃんに一目惚れやったらしくて、それであの子が受かったんやないかって専らの噂やで。お前の方が上手いはずやし、落とされたのもそのせいかもしれんな。でもそいつを振ってオケん中ですぐに男を乗り換えしとるから、あんまりいい印象はせんわな。ま、あの子は男を夢中にさせてまうほどの何かを持っとる魔性の女ってやつや。高校んときも……あ、まあ、いろいろあったし」


 話題が高校にまで及んできて、僕の知らない美華の一面に不安がゆらゆら立ち昇ってきた。下手すれば自分に関することかもしれないじゃないか。口に頬張った四枚目の牛肉が何らかの事実を抑え込んでいるようで、「はっきり言えよ」と扇田へ詰め寄った。

「いや、大したことないねん。アルの後に付き合ったバスケの奴もいたやろ、いつでも彼氏には困らん子やなあってそういう話……ほれ、景気付けに牛食いや」と五枚目最後の牛肉をこちらへ差し出した。一番小さくて脂身の多いやつだ。


「いらないよ、そんなの」と、カレーの最後の一口を食べ終える。陽キャという言葉が全身から溢れだしているようなキラキラバスケ部員、あいつだけは憎々しくて思い出したくもなかった。悲しいかな、人の彼女を奪われて許せるほどの器量深さを僕は持ち合わせていないのだ。講義に行くからと席に立つと「おう後でな」と扇田がご飯をパクつきながら返事をしてきた。


「次の講義はキヨトと別じゃん」

「んーそうか? 庭やどっかで会うこともあるかもしれんやん。ほなまた」と扇田は左手をひらひら振った。

 怪訝に思いながら扇田と別れ、その言葉の真意に気が付いたのは数時間後のことである。

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