間奏曲・ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」(6)

「おおう、そやそや。何べんもしとるから忘れてもうてるわ。チャイ四はクラリネットもカッコええよなあ。パートはトップ? セカンド?」

「メインには出ません。僕はサブの方に出るんですよ。『屋根の上の牛』って、ミヨーの曲」


 おじさんは目玉をちょっとだけ上げて「はあん……」と気のない返事をした。よく知らない時に誤魔化す仕草。やっぱり兄弟というべきか、こういうちょっとした立ち振る舞いは父とよく似ていて、顔つきの似ていることも相まってドキリとするときがある。


 でも征樹おじさんは父じゃない。ただの親戚だ。


「演奏会はいつなんや」

「六月の最後の週ですけど」

 話すことに集中していて、今日の運勢を聞き逃したことに気が付いた。ラッキーカラーが青でも黄色でも人生変わることなんてないけれど。ニュースが終わると車のコマーシャルが流行りの音楽を流していて、「俺もこの曲知っとるわ」とおじさんがご機嫌よく鼻歌を鳴らす。おじさんは若い子に人気のある歌への興味も薄いけど、最近はTikTokなんかで耳にする曲をフフンと歌っていたりする。


「僕はセカンドだし、大して出番もないし来なくていいですよ」


 スポンジにつけた台所洗剤のようにさらりと答えた。痛みの激しいスポンジは何度揉んでも泡立たず、皿にこびり付いたドレッシングがなかなか落ちてくれない。

「……あ、そ。ま、どっちでもええわ。頑張りや」

 征樹おじさんは新聞を畳み、お尻をポリポリ掻きながら部屋へ向かった。水道を止めるのと同時に扉のバタンと閉まる音がする。

 演奏会のことが気になるのかなと思いつつ、まあいいやと思い直す。征樹おじさんは父じゃなくて親戚なのだから。


 僕は、自分の演奏会におじさんを呼んだことは一度もない。

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