間奏曲・ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」(4)
それほど身長は伸びてないのにと思いつつ、はい、と答えて征樹おじさんの顔を見る。白髪が少し増えたくらいか、二年前と変わった様子も見られなくて、父の面影はやっぱりどこかに感じられた。
「先日のコンクールは金賞でした」
「へえーやるやんか。曲は?」
「『ルイ・ブルジョアの讃美歌による変奏曲』ってやつです」
へえ、ともう一度返事をして、征樹おじさんは刺身を一切れ口に入れ、それ以上訊いてこなかった。もしかすると吹奏楽の曲に関してはあまり知識がないのかもしれない。
「残念ながらメンバーの代表には入れなかったんですけど」
「ありゃ」
「それにクラリネットを辞めるかもしれなくて」
「なんでや」
「母に付いていけば吹奏楽が出来ないですし、かといって、こっちに残っておじいちゃんたちと一緒にいるのもどうかなって」
「じいちゃんばあちゃん嫌いなんか」
僕の祖父母はこの人にとっての親でもある。勘違いされるとマズいと思い、慌てて首を振り訂正した。
「そういう訳じゃないですけど、一人だといろいろと都合が悪いっていうか……とにかく、どっちにしようか迷ってます」
「どっちでもええんちゃう」と僕の相談を軽くあしらい、イカの刺身を口に含む。「大変やけどしゃあないやんか。それもまた人生や。もし困ったことがあったらまた相談してな。おっちゃん、独り身やから何かしら手伝えることがあるかもしれん」
征樹おじさんは最近マンションを購入したという。結婚するためではなくて、自身の将来のためだとか。
大阪……いっそのこと大阪へ逃げちゃおうか――?
この瞬間、僕の脳裏に天啓が閃いたのは偶然と言うべきか運命と言うべきか、とにかく決めるのは今しかないのだと、宇宙からの未知の信号を捉えたようにビビッときたのだ。
「ねえおじさん、僕も大阪に住まわせてもらってもいいですか」
征樹おじさんの垂れ気味な目とイカの刺身を噛んでる口は、それはもう見事な開きっぷりだった。まあ、そりゃそうだとしか言いようがない。突然お宅にお邪魔しますなんて、目の前の高校生はいったい何をトチ狂ったのだろうとしか思えないのだから。それでも僕は真剣だった。今ある人生の輪から外れたくって、とにかく必死にお願いした。僕は征樹おじさんと母と祖父母、みんなに相談して頭を下げて――予想通り、というより想像以上の猛反対はあったものの――翌年の春、大阪へと引っ越しをさせてもらったのだ。
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