2・酒場にて(2)
「そういやさあ、俺の後輩にもオーボエのすんげえ上手い奴がいたわ。プロの音楽家でも目指せるってレベルの」と話すのは、隣に座る間山だ。
「中学のときの?」
「うん、でもそいつさあ、クソが付くぐらい真面目で、音楽のプライドだけは異常に高くて、こっちがちょっとミスするだけでネチネチと文句垂れてさあ、まぁとにかくムカつく奴だった。おとぎの国の王子様っていうより、あれはそうだな……変態オタクの王子様っつーところだな」
余程の
「間山くんはどこに行っても指導者に恵まれてるね。多分それは君の人徳だよ」
「すげえだろ。徳を積み過ぎて、来世はきっとアラブの石油王で左団扇だ」
ハバネロピザを大きな口で食べ終わり、間山は真っ赤に腫れた唇を動かした。お金かハーレム目的か、どちらにせよ間山らしい徳の積み方ではある。文句を垂れつつも要求にしっかり応えてくれる奴だから、教える側もつい熱が入り過ぎてしまうのだ――などと、スマホの画面で無邪気に喜ぶミファを何気に眺めていると、「遅れてすみませんでした」と、当団きってのイケメン王子、指揮者タダさんが入り口に現れた。タダさん、いらっしゃーい、と、どこかの芸人の真似をしながら金管軍団が囃し立てた。奥に座るあちらの方は完全に出来上がっているようで、ビールの空き瓶が五、六本ほど廊下側に集められていた。
「ええと、俺の場所って空いとんの?」と、タダさんはぐるりと部屋を見渡して、ここぞとばかりに弦楽器の方からこっち、こっちと女性が招いていた。ビオラの女帝、須々木女史だ。酒か照れかは知らないが、銀縁眼鏡の顔全体にトンボさながら夕焼け色が染まっていて、頬のソバカスは完全に消えていた。
「でもあれですよねぇ」と、イケメン指揮者を見遣りながら、ゆるゆるイントネーションの磯部さんが話し出す。「――イケメンって付き合うとなると大変ですよねぇ。女の子関係でもつれそうで」
「ホンマやな」と頷くのはミファだ。ミファはグレージュ色に塗った爪で枝豆の薄皮を取っていて、皿には薄皮の山がこんもりとできていた。意外に几帳面な子だ。
「イケメンに限らずやけど、浮気ばっかりする奴は、モテることがステイタスやって勘違いしてん。裏にはな、自分はモテることがないっていう劣等感があんねんで」
「ええ? 顔が良くても?」
「うん、モテるっつったって、上を見たらキリないやん。そういう人ってな、めっちゃ自分に自信を持ってないん。だからそれを隠すために浮気してまうの。みんなに自慢してんやなくて、自分を鼓舞してんやな。俺はこんなにいい男なんやぞって、浮気することで逐一自分を褒めてるん」
モテ論なんて僕にはとんと縁のない話で、右から左へと聞き流すしかなくて、それよりも磯部さんは喋りながら枝豆を一粒ずつ皿に出していて、いったい何粒出すのだろうとそちらの方が気になった。
「なるほどなぁ。いくら自分に戒めても、女の子がグイグイ迫って、部活が一緒やったり、LINEが来たり、ましてやその子が可愛かったりしたら、情だって移ることもあるかもしれんし」
彼女の皿には枝豆が二十粒ほど転がっていて、さすがにもう食べろよと言いたくなる。というか誰もこの枝豆を気にしないのだろうか。ミファの薄皮の山を見ていたら僕も枝豆を食べたくなってきて、一つ摘まんで口に放った。
「うちはそういうの絶対に無理」と、ミファは枝豆の薄皮を一枚増やした。「情がコロコロ変わるんって病気みたいなもんや思わん? 理由が何であろうとも不義理な人とはソリが合わへん。あ、うちは、って話やからな。人それぞれやし、そんなんを含めて好きになれるんやったら、それはそれでええって思うし。でももしうちが付き合うんやったら――恋に真面目で真摯な人がいい」
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