1・会議は踊る(8)
女史が危惧しているのは弦楽器の人材不足のことだ。バイオリン十三名、ビオラ五名、チェロ四名、コントラバス二名、これが外大オケの弦楽器メンバーである。大学から弦楽器を始めた初心者ばかり、四回生は就活で練習に来ることもままならくて、フルオーケストラとしてはギリのラインだ。OB・OGや他大学エキストラの手を借りることで、なんとかまともな演奏会を開くことができている。
「俺もこの曲はどうかと思う」と、クニさんが続ける。
「管楽器が賑やかな曲を推したい気持ちはよく分かる。経験者が多いから、美味しい出番を少しでも増やしたいってのがあるんだろ。でも弦楽器はそう簡単にはいかない。大半が経験浅くて技術が追いつかないんだよ。俺らは自分の演奏だけで手いっぱいだし、初心者の教育に行き届かないのもある。自分らのやりたいことばかり考えてたら、いつかはオケが崩壊すんよ。いや、もうすでに崩壊しかかってるけど」
「せや、管楽器はいつも自分のことしか考えとらん。しわ寄せがきてしんどい思いするのはいつも弦や」と、女史が大きく頷いた。「――よし、決めた。伯太さん、ビオラもバイオリンに倣って未完成に曲変えます。ベース(コントラバス)も同じ考えやろ? なあ?」
クニさんに違わず女史の押し付けにもなかなかの強引さがある。有無を言わせぬ物言いっぷりに粛々と従う形で、コントラバスも曲を変えた。
バイオリン(コンマス・ファースト)……シューベルト「交響曲第8番 未完成」
バイオリン(セカンド)……シューベルト「交響曲第8番 未完成」
ビオラ……シューベルト「交響曲第8番 未完成」
チェロ……シューベルト「交響曲第8番 未完成」
コントラバス……シューベルト「交響曲第8番 未完成」
フルート……フォーレ「ペレアスとメリザンド組曲」
オーボエ……ドリーブ「シルヴィア組曲」
クラリネット……ドビュッシー「小組曲」
ファゴット……ミヨー「屋根の上の牛」
ホルン……マスネ「絵のような風景」
トランペット……ミヨー「屋根の上の牛」
トロンボーン……ミヨー「屋根の上の牛」
チューバ……一任
パーカッション……ハチャトリアン「スパルタクス」
「これで未完成は五票やな。どうや、こん中で票が一番多くなったで。多数決は民主主義の基本やな。もう決まりやないか」
弦楽器軍団の思わぬ反撃に、間山・金管連合軍がたじろいだ。
「ま、まだ過半数は行ってねえし。……ってか、木管はどうなんだよ。好みが似てるようでみんなバラバラじゃん」
いつの間にやら僕たち木管は弦と金管、二つの派閥に挟まれた形となってしまった。木管推薦曲のフォーレ、ドリーブ、ドビュッシー、そしてミヨー。みんなフランスの作曲家だけど、ロマン派だったり、印象派だったり、その流れから外れていたりで曲調が微妙に違ってる。それぞれにやりたい気持ちが強くって、それでいて頑固なもんだから、まとまりそうで結局まとまらないのが木管の悲しい性なのだ。
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