1・会議は踊る(7)

 バイオリン(コンマス・ファースト)……シューベルト「交響曲第8番 未完成」

 バイオリン(セカンド)……シューベルト「交響曲第8番 未完成」

 ビオラ……ハイドン「交響曲第104番 ロンドン」

 チェロ……チャイコフスキー「胡桃割り人形」

 コントラバス……ハイドン「交響曲第104番 ロンドン」

 フルート……フォーレ「ペレアスとメリザンド組曲」

 オーボエ……ドリーブ「シルヴィア組曲」

 クラリネット……ドビュッシー「小組曲」

 ファゴット……ミヨー「屋根の上の牛」

 ホルン……マスネ「絵のような風景」

 トランペット……ミヨー「屋根の上の牛」

 トロンボーン……ミヨー「屋根の上の牛」

 チューバ……一任

 パーカッション……ハチャトゥリアン「スパルタクス」



 んん? と思わず耳を疑った。金管二つが「屋根の上の牛」希望だ。偶然にしては出来過ぎている。

「間山くん、もしかしてだけど、トランペットとトロンボーンに何かした?」とコッソリ隣に訊いてみた。

「作戦だよ、作戦。先輩たちに講義の代返二回分で手を打った。根回しと賄賂は民主主義の基本だろ」


 間山が言っていた「秘策がある」とはこのことか。歪んだ正義感でドヤ顔するのもどうかと思う。民主主義にも失礼だろう。いい奴なのかなんなのか、コイツのモラルはその場によってコロコロ変わるから困ったもんだ。

「えー、これでいくと未完成とハイドンと、それから屋根の上の牛が多いんやな。曲について意見がある人はお願いしまあす」


 いの一番に手を挙げたのは、隣のコンマス・クニさんだ。

「メインがチャイコフスキーなら、サブは古典で音楽の基礎をじっくり学ぶのがいいと思います。オケにとっても技術向上になるし。それに――」と、チェロのリーダーに向き直る。「――サブとメインにチャイコフスキーが続くのはどうかなと。チャイコとチャイコなんて、聴いてる方も飽きるし疲れますよ」


 クニさんの指摘は相手が弦楽器と言えども容赦がない。威圧感ある意見に逆らうこともできずにチェロはあっけなく陥落し、推薦曲を未完成に変更した。未完成はこれで三票となる。すかさす意見を挟んだのは間山だ。

「屋根の上の牛は楽しそうでいいっすよね。俺、この曲サンバみたいですっげえ好き」


 間山が牛、牛と嬉しそうに物真似をしていた曲――「屋根の上の牛」は、フランス人の作曲家であるダリユス・ミヨーが作った曲だ。チャールズ・チャップリンの無声映画に使われたものを、バレエ用に編曲しなおしたものである。ブラジルのサンバやタンゴにも影響されていて、ダフ屋、ボクサー、男装の麗人など多種多様な人物が酒場で踊り狂うようなコミカルなシーンがイメージされた楽しい曲だ。フランクでざっくばらんな曲調は、間山がいかにも好みそうなタイプではある。


「君のことなんて訊いてないよ。どうせ君の好みはサンバじゃなくて、カーニバルを踊る女の方だろ」と、クニさんの指摘は間山相手にも辛らつだ。でも確かに当たっている。「個人の好みだけで選曲を決めるなよ。オケ全体でどうするかを考えないと。それにこの曲ってパート譜ないんだろ。それはどうするつもりなんだよ」


 屋根の上の牛はスコアのみでパート譜が手に入らないのだ。間山はさも当然とばかりそれに応じる。

「パート譜なんて、スコア写して作ったらいいじゃないっすか」

 アホか、と横やりを入れたのはビオラの三年・須々木すすき女史である。ソバカスだらけの頬と、ストレートパーマに銀縁の眼鏡が知的で「女史」と呼ばれているのだが、本人曰く勉強が全然駄目で、ロシア語の落ちこぼれだと自虐しがちな人だ。


「簡単に言うなや。パート譜作りなんてどんだけ時間掛かると思ってんや。そんな面倒なことせんでも、ちゃんとした曲選びいや」

「先輩、その意見はおかしいっしょ。牛って元々はバレエの音楽だし、ちゃんとしたオケの曲っすよ」


「そういう意味ちゃう。パート譜を作る手間を考えるんなら、その時間を練習に当てた方がいいっちゅうことや。あんなあ、間山くん、外大オケの現状考えてみい? 人もえん、音も揃わん、基礎もボロボロ、こんなんでどうやって楽しく演奏をするっちゅうんや。古典で基礎を学ぶことこそが、今のこのオケに必要なんやないの」と、須々木女史が反抗を見せる。

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