1・会議は踊る(6)

 クニさんはバイオリン弾きなのにチューバのような低音楽器の声をしている。低くくぐもる声の、回答を催促する相手が僕だと気が付くのに五秒ほどかかった。

「え? えっと……選曲、ですよね?」と、答えの中に疑問符が混ざってしまった。クニさんのつま先がより大きなリズムを打ちだして、細かな振動が床を這って僕の足にも伝わった。

「うん、だからなんで君がここにいるのか、理由を教えてほしいって訊いてんの」

「理由って……選曲するために出てるんですけど……」


「いや、そうじゃなくてさあ」と組んだ足を降ろして、乱雑で不規則な――不愉快な気分にさせるリズムをやっと止めた。「ねえ、これは会議だよ? パートの代表が出て曲決めをする大事な会議なんだよ。木セク部屋に粟さんがいたじゃん。クラの責任者はあの人だろ、どうして彼女が会議に出てないの」


 ああ、なるほど、ここに来るべきは外大のパートリーダーであって、よそ者の僕ではないということか。実に真っ当なご意見だ。

「そうですね、はい」と柔順素直に僕は応えた。「――すぐに粟崎さんを呼んできます」

 椅子から浮かした僕の腰を「いいんだよ、アル」と、隣の間山が即座に止めた。


「クニさん、俺だってパートリーダーじゃないけどここにいますよ。ミファが俺に選曲任せてくれたんです。リーダーが勝手に決めるんじゃなくて、演奏する人が決めるべきだって、あいつが言ってくれたから。粟崎さんもアルのことを信頼してくれてるから、選曲を一任してくれたんじゃないんすか。クラの代表はアルでいいんすよ――ほら、アルはもう座れよ」


 間山は僕の袖を掴んで、強引に椅子へ引き戻した。ここにいていいのか駄目なのか、僕はどうするべきなのか。どっちつかずの自分の立場が居心地悪くて仕方がない。耳から吹き出る熱っぽさが、変な汗をこめかみから滲ませる。

 はい、そこそこ、静かにしてやと団長の声がした。


「時間やし、ほな、選曲会議を始めたいと思いまあす」と、立ちあがって挨拶をしたのは、スワヒリ語の伯太はくた団長である。肉付きのよい小柄な体を忙しなく動かす様が可愛らしいと親しまれている女の先輩だ。担当楽器はパーカッション。いつも通りののんびり声が、甘えてくるときの飼い犬の鳴き声によく似ていて、肩身の狭さで窮屈になっていた心をやんわりと穏やかにさせてくれた。とりあえず今は会議に集中しよう。


 弦、木管、金管、それぞれのリーダーと指揮者、団長合わせて十四名。今回のテーマは、六月に行われるサマーコンサートのサブ選曲である。

 オーケストラのコンサートでは、通常は三曲で編成される。


 まずは出だしのオープニング。前プロとも呼ばれ、序曲や組曲、交響詩といった短めの曲が演奏される。

 次にサブとなる、少し長めの曲。中プロともいう。組曲や奇想曲、協奏曲が演奏されることが多い。

 そして最後にメインとなる交響曲である。


 大概のオケはメインの交響曲を主軸に曲の編成を考えていく。交響曲が一時間近くにもなる大曲であれば、プログラムは二曲のみとなることもある。また、プログラムにはテーマを持たせることもある。作曲者の国や作曲された時代を考慮し一貫性を持たせることで、演奏者の意思を観客に感じてもらい、演奏をより楽しんでもらうことができるのだ。プラグラムというのは、オケのセンスが自ずと現れてくるコンサートの柱でもある。


「――えー、チューバは体調不良によりお休みで、会議の決定に従うって委任状貰ってます。んじゃまず、各パートの推薦曲を出してくな」

 伯太団長は各パートの推薦曲を順次述べていった。

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