1・会議は踊る(4)
「間山くん! やっと見つけた、あちこちめっちゃ探したわ。練習サボってどこ行ってたん」
「サボってねえよ! すっげー練習してたって」
「ホンマに? どれくらいしたん」
「んん? んー……結構な時間、かな……」
「もう、しっかりしいや。それより選曲のことでLINE送ったのに、ずっと既読スルーやん。早よ返事してな」
ああスマン、と友人が軽く詫びた。
「で、今日の選曲どうするん?」
「春の祭典なんて絶対やだ。牛にするよ」
「ええー、ハルサイのソロってめっちゃええやん。やってみいひんの、絶対オモロイって」
「バカ言うな、できもしないソロ選ぶなんてどんだけの苦行だよ。あんなんが面白いなんて言うのはミファだけだぞ」
「まぁたまた、そんなことあらへんのに。恥ずかしがって、遠慮せんでもええんやで」
「遠慮なんかしてねえ!」
「ま、やりたいもんあるんやったら、しゃあないか」
ミファは握りこぶしを見せて「じゃ、任したで!」とガッツポーズを作り、間山がひらひら手を振ってそれに返す。桶男のポスターが貼られたドアを開けて「こんにちはぁ」と挨拶し、木管セクション部屋へ入っていった。
ミファの挨拶の相手はクラリネットのパートリーダーである
「粟崎さんはまた漫画か」
「そうみたい。静かに読みふけってるよ。うちと違ってファゴットパートは相変わらず楽しそうだね」と僕が口にすると、間山はまさか、と呆れたような目を向けた。
「どこがだ。喧しいだけだぞ」
「でも二人って、ほら、仲良いじゃん」
「もしかして疑ってんの?」
「前からね。ほんの少しだけ」
間山の口から軽く失笑が漏れる。
「仲良いわけがねえ。あいつと付き合うなんて、百万積まれてもありえねえよ」
「そうなの?」
「当ったり前だ」
間山が靴を脱いでトゥッティ部屋に入り、僕もふうんと鼻から息を出しながらそれに続く。
三十畳ほどの部屋にはパイプ椅子が円形に置かれており、数名のパートリーダーがすでに待機している。僕と間山も並んで座った。
「僕の大学でもミファのことが噂になってる。ゼミの友だちからもどんな子かって訊かれててさ」と、間山に小声で伝えた。
現在進行形で訊いてくるというゼミの友だちとは扇田のことだ。僕は彼を外大の定期演奏会に招待した。定演の翌日、ファゴットにえらい美女がいたぞ、あの子は誰だと詰め寄ってきて、鼻息荒く興奮する姿に僕は呆れた。ちゃっかり写真も撮っていて、それを他のLINEグループにも晒したもんだから、外大オケの美女の噂は瞬く間に城西大学オケへと広がった。名前だけでなく、年齢は、血液型は、好きな食べ物は、ついでに彼氏がいるのかどうかと、ミファのことを事細やかにLINEで尋ねてきて、僕はほとほと困ってしまった。ここに入って一年経つが、そんな細かい個人情報にはとんと疎いのだ。
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