1・会議は踊る(2)
「間山くん、もう音出し終わり? 煙草吸ったらリードにヤニが付いちゃうよ」
「どうせ今から選曲会議だし、今日は店じまい。楽器はとっとと片付けた」と、間山は目尻に皺を増やして目を細め、「こんな天気のいい日に会議なんて、超うぜえ」と遠くの街へ恨み節を投げつけた。
「さっきミファが怒ってたよ。LINEの返事をさっさとしろって」
「ああ、選曲のことだな。いいのいいの、あんなの無視」
「選曲会議はミファが出るんじゃないの」
「今日は俺が代わりなの」
間山の目が、何かを睨むようにさらに細くなる。
「サブのトップは俺だからな、しゃあねえんだわ。ミファに選曲を任すと、あいつ、春の祭典とかとんでもねえ曲を推したりするから」
ストラヴィンスキーの作曲した「春の祭典」には、冒頭で飛び出すファゴットのソロがある。難解なリズムと独特な装飾音に加え、出すのが困難な超高音域の音があるらしいと、以前ミファから教えてもらった。
「そういうのに敢えて挑戦してみるってのもいいんじゃない?」
「バカ言うな。ミファならともかく、俺のレベルであんなもん吹けるか。音を外して恥かくだけだぞ。ファゴットが目立つやつと、楽譜が音符で真っ黒なやつは即却下だ」
「音符が多くてもいい曲はたくさんあるだろ」
「俺は気軽に愉しくが人生のモットーなの。カタバミみたいに、か弱く細々と生きていくつもり」
「うん? カタバミは繁殖力が強すぎて疎まれるくらいだけど。それより次のメインはチャイコフスキーの四番だよ。こっちだってソロあんじゃん」
「あれはミファに任せとけば安心だわ。俺はセカンドでお気楽極楽」
春のまどろみよりもやる気のない声を、間山は白い煙と一緒に吐き出した。僕の煙もそれに重ねた。二人の燃え殻が手摺から下へと零れていく。
「そんなんでよくオケに入ったね」
「まあ成り行きだな」
「他のサークルにすればよかったじゃん」
「オケのファゴットがこんなに辛いとは思わなかったんだよ」
「ファゴットは人数が少ないもんね」
「少ないっつうか、入った途端に先輩が二人とも消えるなんてなあ」と、間山は煙草を摘まんだまま腕に顔を伏せた。
間山が入団する前、この楽団のファゴットパートには二回生と三回生の二人のメンバーが揃っていた。しかしすぐに二回生の先輩は神戸大学へ編入し、もう一人の先輩はアメリカへ留学してしまった。今のファゴットパートにはミファと間山、二人しかいないのだ。
「新入生に期待するしかないね。ファゴットにも入ってくれるといいけど」
「その台詞って聞き飽きたなあ。中学でも同じことで悩んでた」と、間山は自嘲気味な声を返した。間山は中学三年間のファゴット経験者だ。
「三曲全乗りなんて、僕からしたら羨ましいくらいだよ」
「羨ましいならファゴット一台余ってるぞ。アルなら大歓迎だ」
似た者同士というべきか、ファゴットの二人は一年越しで同じことを勧めてくる。苦笑いを返事にする。
彼のしんどい気持ちは分からんでもない。演奏会の曲全てに二人が駆り出される今の状況では、体力的に負担が大きい。僕がここへ訪ねて来た時、ミファがしきりにファゴットを勧めたのもそのためだった。
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