(5)
弱小貧乏オケって……次から次へとまあ、歯に衣着せない自虐っぷりに応えようがない。ここまではっきり申されるとそれはそれで潔いが。大学格差に言及されても僕にはどうしようもなくて、髪に手をやり口許を緩めて格差問題からゆるりとはぐらかすしかなかった。
「いや、えっと……それでもいいんです。それに、あっちへは入れなかったんですよ。えっと、その……人数がいっぱいだったもんで」と、オーディションに落ちたことをそれとなく隠しておく。
僕の物言いに含まれる微妙な感情を察知したのか、女性は「はーん、なるほど」と栗色の髪を揺らした。やっぱりバレてるか。
「ま、えっか。うちはミファ。ユン・ミファ。ファゴット吹いとるで」
「え? 中国かどこかの留学生なんですか?」
「ちゃうよ、在日コリアン。外大の一回生で、朝鮮語習っとんねん」
なんと、僕と同学年だ。随分と落ち着きがあるから、先輩だろうと勝手に決め込んでいた。
「僕は瑞河です。瑞河亜琉」
「瑞河くんかあ。亜琉って名前、いいな。亜琉やったら……呼び方アルやな。そんなあだ名もアルかもしれん、なんつって」と、女性――ミファは初めて笑顔を僕に見せてくれた。誰が見ても綺麗だな、と思えるような光が零れる笑顔だった。
「うちはドとレがないから、『ドレでもない』ってよう言われるわ。『ある』と『ない』なんて、不思議なご縁でも感じいひん? ふふっ、うちら二人って名前で繋がるお仲間やな」
美女の笑顔にほんわか心が温まる。ミとファの音が連なる、音楽の名前を持った女性。こんな美女に仲間と呼ばれるなんて、生涯あるかないかの貴重な体験で、それだけでもここに来た甲斐があったというものだ。ある、ない。ないのにある。名前のいじりがこそばゆくて、何度も心に繰り返し、名付けの親に生まれて初めて感謝した。
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