ガーディアン

深川夏眠

guardian


 従兄一家が近くに引っ越してきた。従兄も奥さんも仕事が忙しいので暇人のがチャイルドシッターに名乗りを上げた。を幼稚園へ迎えに行き、最寄りの緑地公園で少々遊んでから帰宅するのが習慣になった。

 だが、深刻な問題が発生した。大型犬を二頭、リードを外して好き放題にさせる飼い主が現れたのだ。追いかけ回されて転び、軽傷を負った子もいるという話まで聞こえてきた。娘ちゃんは怖がって、そこへ行きたがらなくなってしまった。

 おいらは地域の長老格であるに相談した。けれども、的な人物による一喝も昔と違って今は効果を発揮しないらしい。

「意見して聞き入れる殊勝なヤツだったら最初からそんな無体な真似はしまいよ」

「うううむ」

「後はに願掛けでもするか……」

 精々、時間の取れる者が巡回するくらいしか出来なさそうだとの結論に至った。

 そんなある晩、おいらは友人宅から帰るために緑地公園を突っ切ろうとした。すると、たちははしゃいでいるのだろうが、通りすがりの人間にしてみれば恐ろしいことこの上ないはいせいが唱和した。

 暗がりの中、二つの黒い体躯が、おいらに襲いかからんばかりに跳ね上がった。犬の俊足に追いつけない飼い主は後方で暢気に笑っている様子。恐ろしさと腹立たしさが一緒くたになり、おいらの足は止まってしまった。

 次の瞬間、周りの空気がピシッと引き締まる感じがした。おいらは首を動かして辺りを見回した。鬱蒼とした雑木林の中から、犬に似た、しかし遥かに巨大な何ものかが、のっそりと這い出してきた。耳は尖るどころか高く聳えるといったおもむき。その耳に向かって裂けるように口が開いて極太の牙が覗き、金色の瞳が厳かに煌めいた。

 おいらには感知不能だったが、きっと犬には伝わる周波数の警告音が轟いたに違いない。二頭の犬は身を竦めて尻尾を丸め――人に例えるなら、うずくまって頭を抱える風な姿勢を取ってむせび泣き始めた。

いたぁぁい!」

 飼い主は驚いて転倒した模様。犬たちはまだ許しを請うかのごとく拝跪している。

「どうかしましたか?」

 誰かが異変を察して助けにきてくれた。怪我人が出たから手を貸してくださいと、おいらが頼んでいると、夜の公園を統べるぬしとしか呼びようのないは、まるで後は頼んだぞとでも言う風に目配せして背を向け、木々の間に溶け込んで消えた。

 後から聞いた話では、二頭の大型犬はしばらく外出を拒否していたそうだが、ややあって元気を取り戻し、飼い主は捻挫の治療で通院中とか。

 もしかすると、じいさんがポソッと呟いたが助けてくれたのだろうか。以来、おいらは時折、娘ちゃんを連れて、じいさんに教わった権現堂にお参りしている。あれは権現様が差し向けられた使い魔だったのかもしれないと考えて。

 ちなみに、公園の入口には役所名義で「ペットを放さないで」という注意書きが掲示された。



                guardian【END】





*2024年3月書き下ろし。

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ガーディアン 深川夏眠 @fukagawanatsumi

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