第9話 おかえりとただいま
夢を見た。
吐き気を催すような、反吐みたいな夢だ。
微睡みの中で、纏わりつくような感覚がする。
そう、幸せを噛み締める俺に戒めを忘れるなと言わんばかりに……。
「緋色、アンタは幸せになる権利がある。私には一生モノの穢れが着いてしまっちゃったけどね……」
事件の次の日の姉は、人が変わったように俺を避けるようになった。
巻き込まないように、そして、大切だから守りたいという気持ちを持って。
でも、当時小学生の俺には、そんなこと理解できる訳もなく、避ける姉に絶望した。
それから、家族が少しずつバラバラになっていったのだ。
父の会社は、ギリギリまで気が付かなかった信頼を寄せる部下の横領と機密情報漏洩により、倒産。
母はその直後、癌が見つかり、少しづつ弱っていくのが目に見えてわかった。
不幸は連鎖する。
この時ばかりは運命と神様を恨んだよ。
未だに覚えているよ、神社の本殿に向かって
「神様のバカヤロー!!!」
って叫んだことを……。
どうしようもないクソガキだったんだろう。
しょうもなさ過ぎて笑えてくるよ。
そこまで追い詰められていたなんて、気が付くわけなかった。
だって、まだ小学生だったし……。
その後、一時的に俺と姉は本家筋である父の祖父に引き取られ、姉は大学入学、俺は中学卒業のタイミングで、祖父から支援を受ける形でそれぞれ一人暮らしを始めることになった。
「ウチの愚息のようにならないように、強く生きてくれ。特に、緋色は必ず今後も1人になることがある。だから、1人でも生きていけるように最大限の支援もするが、本当にピンチな時だけ儂を頼るように」
そう言われて、俺は一人暮らしを始めたんだっけ。
祖父から物件情報の紙を渡されて、荷物は祖父と一緒に運んだな……。
そんな事を思い出しながら、段々と意識が遠のいていく。
あぁ、そろそろ目が覚めるのだろう。
微睡みの中で再び現実へ意識を向ける。
そして、目が覚める。
「あ、起こしちゃいましたか、ご主人?」
「え、な、なんで……」
「えへへ、私のご主人への愛の向け方?です!!」
目を覚ますと、天国のような感覚に加え、柔らかい手の感触が、僕の頭を撫でていた。
そう、そこには、頬の痣を隠すように貼られた湿布が未だに痛々しい姿の小春がメイド服姿で膝枕していた。
「もう大丈夫なのか?」
「はい、お陰様で。ご主人が助けてくれたから、私は、今まで縛られていた兄という呪縛から抜け出すことが出来ました、本当にありがとうございます」
「いや、僕に出来たことはそんな大したこ……」
否定しようとした僕の口を、小春がキスで黙らせる。
「私、ご主人の事ますます好きになりました」
「知ってる、小春さんは僕のこと大好きだもんね」
「はい、私は緋色様を愛してるので!!」
「この距離感で言われると、少し恥ずかしいな……」
僕は身体を起こし、小春の横に座る。
小春は、僕の顔を自分の方に向け、
「今更何言ってるんですか、私は貴方の表情どれをとっても好きです、大好きです。たまには喧嘩もしますし、それでも、ご主人と仲直りして、ずっとこれからも隣で一緒にお互いの支えになりたいという気持ちは間違いではないですから」
これ、ほぼプロポーズだろ。
意識するとなんか本当に恥ずかしい……。
「わ、わかった、わかったから……、僕が君に愛されてることは十分わかったから……」
小っ恥ずかしくて僕は顔を逸らした。
「好きになってくれましたか?」
口元に指を置き、上目遣いで聞いてくる。
何それ、めっちゃ可愛いんですけど!!
ポケットに入れっぱなしになっていたスマホを取り出し、その表情を
『パシャッ』
僕は躊躇無く撮影した。
「なっ!?ご主人一体何を!?」
「あまりにも可愛かったからつい写真撮ってしまった……」
「だ、ダメです!!消してください!!ちゃんと撮るって言われたらポーズとるので!!」
「嫌だ!!これは額縁に入れて一生保存するんだ!!」
「そんなのダメです〜!!」
頑張ってスマホを奪おうとする小春の両手を左手で掴んで抵抗出来ない間に、朝日に自転車を明日返すこと、そして祖父への定期連絡を入れ、スマホの時計で時間を確認した。
22:45
多分4時間ほど眠っていたのだろう、流石に昼以降飯を食っていないため、空腹だった。
「さてと、遅いけど、晩飯にするか。勿体ないけど今日はコンビニで済ませよう。小春さん、何かいる?」
「私は、婦警さんとご飯食べてきたので、アイスクリームをお願いします。品物は、ご主人のセンスで!!」
「それが一番困るんだが……、まあ、とりあえず行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいませ!!」
小春は僕を笑顔で見送ってくれた。
僕は玄関のドアを閉めて、鍵を掛ける。
大切なものを守る為に、そして、もう二度と壊されないようにという決意を込めて……。
僕は、コンビニで20%引になっていた弁当、120円ほどのジュース、そして、小春用のアイスクリーム(ちょっとお高いヤツ)を購入し、家路についた。
ピピピピピピッ
スマホからとある着信音が鳴る。
祖父からの電話である。
『もしもし、緋色か?』
「もしもしおじいちゃん、久しぶり。電話掛けて来るなんて珍しいね。何かあった?」
『お前の父親がそっちの街に戻って来てるらしい、会ってやってくれ。そして、話くらい聞いてやるといい』
「わかったよ、会うだけでいいんだね?」
『ああ、その後の決断は、お前が決めろ。儂はその辺に干渉する気は無い』
「わかった、話はそれだけ?」
『ああ、そうだ。身体には気をつけるんだぞ』
「おじいちゃんも、おやすみ」
『おう、おやすみ』
僕は祖父が通話を切ったのを確認し、スマホをスリープさせた。
父さんが帰ってきてるのか、話は聞いてあげないとな……。
そんな事を考えながら、街灯だけがほんのりと照らしているこの暗い夜道を、ただひたすらに家に向かい足を進めた。
ガチャっ
僕は鍵を開け、部屋のドアを開けた。
「あ、おかえりなさい、ご主人!!」
まるで犬のように駆け寄ってきた小春に、僕は買ってきたアイスクリームを手渡した。
「はい、これで良かったかな?」
「ご、ごごご、ご主人、これは何かの賄賂ですか?こんな高いアイス、しかも期間限定のフレーバー、私が貰っちゃっていいんですか!?」
「賄賂じゃねぇよ!!と言うより、これはいつものお礼も含めた気持ちかな。いつも家事とか、ゲームに付き合ってくれてるお礼」
「そ、そうなんですね……、でも、私、ご主人にそこまでやってあげられてないし……」
「あとは、その、先週の酷いこと言った謝罪の気持ちも入ってます……」
「……なら、私は受け取らない訳にはいかないですね。ご主人の謝罪と日頃の感謝の気持ち、頂きます!!」
「うん、そうしてくれると僕も助かる」
「えへへ、これ食べたかったんですよね〜!!」
機嫌が良くなってくれてよかった。
「あ、そうだ。まだ言えてなかったね」
僕は靴を脱ぎながら小春に話しかけた。
「何をですか?」
「連休中にいってらっしゃいは言えなかったけど、おかえりは言おうと思ってたんだ」
「な、なるほど……」
小春は難しそうな顔をしている。
そんな小春の頭を軽く撫で、
「おかえりなさい、小春さん」
僕はそう一言伝えた。
「ただいま帰りました、ご主人!!」
そう言いながら、小春は僕を非力ながらも強く抱き締めた。
次の話へ続く
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