第8話 君のもとへ
教室でカバンを持った後、教室に残っていた生徒に施錠をお願いし、僕は下足室に向かった。
自分の下駄箱からスポーツスニーカーを取り出し、校門の方へ歩いていく。
早く帰ろう。
僕は家路を急いだ。
早く、早く君のもとへ……。
今日はいつもと違って、何か嫌な予感がするんだ。
気が付いたら、走り出していた。
一刻も早く、早く君のもとへ……。
結局私はこの人たちに虐げられる運命なんだ……。
私はいつものように帰宅すると、マンションの前に一台の車が止まっていた。
「あの車は……」
私には見覚えがあった。
私が本家の人に呼び出されたり、兄さんに呼び出されるときに来る迎えの車だ。
でも、こんな平日に誰が私を呼び出すのは。
いや正確には、今日は私を訪ねてきたんだろう。
多分、十中八九兄だろう。
あの父親、私の住んでる場所を教えてくれてんだよ……。
約束を破られたのは最悪だけど、でも、彼にはバレたくない……。
私は見なかったことにして、道を引き返そうと回れ右する。
しかし、
「おい、どこへ行くんだ小春」
「い、いや、今日は来客用のお茶を切らしていて……」
「別にお茶なんてどうしようもないもの出さなくて結構だ。早くお前の部屋に案内しろ」
「……」
私はこの人には逆らえない。
だから、
「はい、わかりました……」
私はエレベーターを使わず、あえて階段を使って上る。
「エレベーターがあっただろう、なぜ使わない?」
「さ、最近は健康のために階段を使っているんです……」
「そうか、早く案内しろ」
「……」
この人といると調子が狂う。
「……ホント、最悪」
「何か言ったか?」
「い、いえ、なにも……」
「そうか」
私はひたすら上っていく。
「着きました、ここが私の部屋です」
私は部屋の鍵を開け、部屋の中に兄を通す。
「へえ、結構綺麗にしているんだな」
「そ、そうですね……。なるべく綺麗にするようにしているので」
一通り見た後、玄関の戸の鍵を閉め、チェーンを掛けた。
私の肩に手を当て、頭を撫でる。
「偉いな、小春は……」
こんな一面もあるんだ……。
「でも、一人で生きていけますってアピールかよっ‼」
その瞬間私の腹部に鈍い痛みが全身を走る。
「……ゔっ」
腹部を抑えて私はその場に蹲る。
兄は私の髪を掴み、頭を無理やりあげさせられる。
「全く、本当に腹が立つ。なんでお前なんかが正当な跡取りなんだよっ‼」
兄は私ベッドに投げる。
「さてと、隣は留守みたいだし、思う存分ストレス発散させてもらうぞ」
「ちょっ、やめて……」
「妹ごときが抵抗するんじゃねぇよっ‼」
その瞬間私の頬を懐かしくも一番嫌な痛みが走る。
私は今、兄に殴られたのだ。
そうだった、私は抵抗することを認められない、この人の奴隷だったんだ。
なんで私はこんな大事なことを忘れてしまっていたのだろうか。
そんなの、彼と過ごす時間が大事だから、彼との時間だけが私の時間でこの人を忘れることができる唯一の場所だから……。
だから、逆らわず、この地獄をやり過ごすしかない……。
本当にそれでいいの?
それで本当にいいの?
でもこれまでそうやってうまくやってこれたじゃない。
今回もいつもと同じだから、だから……。
いやだめっ‼
諦めたくない、もう二度とこの人に私の、私のためのこの場所をっ‼
「いやだっ‼」
私は兄の股間を蹴り上げた。
「うぐっ‼」
兄はその場で蹲り、悶絶し始めた。
私は急いで鍵開け、チェーンを外す。
そして、扉を開け放つ。
一歩踏み出そうとしたとき、私の挙げた脚は兄に掴まれた。
「このクソ尼ぁ、絶対に逃がさねぇからな‼」
「やめて、離してっ‼」
あと一歩なのに、なんで私はいつもいつも……。
「こんなとこよそ様に見せるわけにはいかないなぁっ‼」
「ちょっ、やめっ‼誰か助けてっ‼」
私は最後の希望を全力の声にした。
廊下には響いたはずっ、お願い誰でもいいから。
私は期待している。
彼が来てくれることを。
虚しくも閉まっていく玄関の扉、お願い、だれか……。
そう願った瞬間、扉が止まった。
扉が閉まる音は聞こえていない。
「小春っ‼」
扉が思い切り開くと同時に、聞き馴染んだ彼の声が私の鼓膜に届く。
「……緋色くんっ」
私の涙ぐんだ声が零れた。
マズい、この違和感は必ず嫌なことが起きる。
今までずっとそうだっただろ、母の事故の日も、倒産の会社がつぶれた日も、姉が強姦された日も……。
でも、今回は必ず、絶対あきらめたくないんだ、もう、これ以上大切なものを奪われたくない‼
「あれ?緋色じゃん、どうしたんだそんなに走って」
「悪い、今は朝日に付き合っている暇は……」
朝日の傍には、クロスバイクがあった。
「朝日、ちょっと自転車借りていいか、緊急事態だ」
「わかった、使えよ」
「恩に着るぜ、今度スポドリおごるわ」
「おう、頼んだぜ」
そして、僕は自転車にまたがり漕ぎ始めた。
「壊すなよ~」
朝日の声がだんだん遠くなる。
この速度なら、絶対間に合うっ‼
「今度こそ、絶対に間に合わせてみせるっ‼」
「つ、着いた……」
自転車を飛ばして5分、僕は息を切らしながらマンションのエントランスを抜ける。
この時、マンションの前には車一台すらもなかった。
僕はエレベーターに乗り、急いで僕の部屋の階に急ぐ。
早く、早く、お願いだから早く……。
「着いた、急げっ‼」
僕は急いでエレベーターを降り、部屋の扉の前に向かう。
その瞬間、小春の部屋の扉が開け放たれて、
「助けてっ‼」
という小春の声が聞こえた。
大丈夫、まだ間に合うっ‼
その瞬間にはすでに扉を掴んでいた。
「小春っ‼」
僕が叫んだ時、まだ未遂の状況だった。
「……緋色くんっ」
まだ小春の眼には希望が宿っている。
小春の延ばされた細く綺麗な腕を掴む。
そしてそのまま、僕の方へ引き寄せる。
「緋色君、やっと来てくれた……」
「ごめん、遅くなって」
神様、ありがとう、何とか間に合ったよ……。
「誰なんだよ前はっ‼俺たち家族の関係に水差すようなことをするんじゃねぇよ‼」
「あんた、実の妹に手を出して、悲しくなったりしないのか?」
「悲しい?ふざけるな、最高に興奮するだろうがぁぁぁ‼」
僕は小春を背後に移動させ、迫りくる小春の兄の拳を右手で受け止める。
「それなりに鍛えているようだが、お前はその力で小春を殴ったのか?」
「だったら何だって言うんだっ‼」
「本当にどうしようもない屑だな」
僕はさらに強い力で掴んだ。
「クソ、なんでこの手を動かせないんだ……」
「僕はこれでも空手は有段者なんだ。舐めるなよ」
「だったら容赦する必要ねぇなっ‼」
小春の兄のけりが股間に届く寸前で、僕は蹴りを足で払いのけた。
「うおっ‼」
片足でうまくバランスが取れなかったのだろう、小春の兄はその場に倒れこんだ。
「時期警察が来るから、このままの状態で抑えさせてもらうぞ」
「俺はすべてかき消せるんだ、おやじの力があれば、逮捕なんてなかったことに……」
「うるさい、黙れよいい加減。女の子日手を挙げる男になんて、俺は絶対に負けるなんてありえないから。そして俺はお前がどこの誰だろうと絶対に許さない」
「な、なんだよ……、俺をそんな目で見ないでくれ、俺に失望の眼を向けないでくれ……」
昔の記憶を思い出して、トラウマが蘇っているのだろう。
数十分後、警察が来て小春の兄は連行されて、小春は婦人警官と一緒に事情聴取をしに移動していった。
「なんか、疲れたな……」
僕は自室に戻り、ベッドに寝そべると、そのまま意識が遠のいた。
意識が遠のいていく瞬間、僕は小春の涙と、信頼を寄せいてくれることを感じる涙を受けて、少しほっとした気持ちがまどろんでいく。
次の話に続く。
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