第6話 よそよそしい?

「結局、金曜日の朝以来来なかったな……」

コントローラーを操作しながら僕は呟いた。

金曜日の夜、小春が帰った後のキッチンにはまだ温かいままのオムライスが置いてあった。

「てか、なんで『ごめんなさい』のメッセージを書き残してくれてんだよ……。心配になるだろ」

一瞬の気の迷いが僕を敗北へと導いた。

「クソがっ!!」

僕は机を軽く叩いた。

昨日母さん達が来て、置いていった食料の中からカップ麺を取り出し、お湯を注ぐ。

「今日くらいいいよな……」

蓋を閉め、3分のタイマーをセットした。

こういう何でもない時間に考え事をする。

なんで金曜の夜はあんな事を言ってしまったのだろうか。

もっと別な言葉をかけることが出来たのではないだろうか。

何故僕は……。

ピピピッピピピッ

その瞬間タイマーが鳴り、タイマーを止めた。

カップ麺の蓋を剥がし、キッチン横のゴミ箱に蓋を捨てる。

割り箸を割り、軽くカップ麺を混ぜる。

僕はカップ麺をすすりながら、更に深く考える。

寂しかったか……。

そんな感情、僕に残っているのだろうか……、多分無いと思うが。

1年間ひとりで暮らして見て思ったこと、それは然程人と深く繋がらなくても人生は回すことができるし、彩りはとれるということ。

人生は思ってたよりも難しくないこと。

誰かの力なんて、お金だけでいい事。

親には甘えてもいいこと。

その他エトセトラ。

この先何年何十年も続けていくなら、孤独なんて慣れたものだ。

「ひとりでいるのが好きだったんだよな、ずっと……」

カップ麺のスープを飲み干し、座椅子に寄りかかる。

「この1年でなんでこんなにも虚しくなってしまったのだろうか……」

いっそ何もかも消えてしまった白い世界からやり直したいな……。

そんなろくでもない事を言っていると、眠たくなってきてしまった僕は、仮眠のつもりで目を閉じる。

あぁ、どうか。今日は悪夢を見ませんように……。

そう願いながら意識が途切れた。
















「ッは!?」

さっきまで見ていた夢はなんだったんだろうか。

目を開けると真っ暗な部屋で、僕のベッドの上。

なんか、気分最悪だ。

カチカチカチカチ……

時計の秒針が焦った脳を落ち着かせてくれる。

暗闇に目が慣れてきたのか、時計の方を見る。

少し光っている時針はまだ4を刺している。

もうひと眠りする事にし、僕は再び瞼を閉じ、何かを抱き寄せる。

ん?

何だこの違和感は……

柔らかくて、でも暖かい……。強く抱き締めたら壊れそうで、でも、柔らかくて、気持ちいいからいいか……。

僕はそのまま眠り落ちると思っていた。

その声が聞こえるまでは。

「……ご、ご主じ〜ん、流石にこの状態で寝られると、その〜……」

そう、僕は小春の実りに実ったたわわなそれとそれの間に顔を埋めていたのだ。

「……なんでいるの?」

「実は、昨日ご主人に会いたくなって、部屋に入ると、ゲームも電気もつけっぱなし、挙句の果てにはカップ麺のゴミも捨ててない。そんなご主人を見かねて、メイドさんがお片付けしたついでに添い寝してたら……、その……」

「そのまま寝てしまったって訳か」

「そ、そうなんです……」

「なるほどな〜……(モミモミ)」

「あの〜、ご主人?今、私のどこを揉みました?」

「今の小春さんは僕の抱き枕なの。どこ触られても、揉まれても、吸われても文句言えないの。understand?」

「吸うって、具体的にっ!?」

僕は埋まったまま思い切り吸った。

いい匂いと、女の子の柔らかさが僕の理性を一瞬吹き飛ばしかけたていた。

「……この2日間、寂しかった」

「私も、実家に呼び出されてさえ居なければ……」

「ご主人様を寂しくさせたメイドさんには、罰を与えなくてはいけないのです」

「ど、どんな罰を?」

「今夜は、僕の抱きまく……ら……」

僕の意識はそこで途切れてしまった。








ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!

ご、ご主人の顔が、身体が、そして息までが完全にくっついてる!?

落ち着け〜、落ち着け私……。

ひと呼吸し、私は状況を整理した。

うん、わからん!!

同じベッドに入ったまでは良かった。

まさか、あそこからずっと抱き枕状態になって帰れなくなったなんて〜!!

「すう、すう……すう……すう……」

私の胸の中でご主人が寝てる……。

寝顔も可愛い。

軽く頭を撫でる私。

なんというか、母性本能がくすぐられてて、きっと撫でてしまっているのだろう。

私はこの2日間、実家に戻っていた。

理由は、親からの縁談の話だった。

私の家系は古くから歴史を持つ一家で、私は末っ子の長女。

家は兄さん達が継ぐだろうし、私は何も考える必要なんてないものだと考えていた。

しかし、

「お前はいつか、兄達が会社を継ぐときに負担が軽くなるようにいいお家柄の人間と結婚させる。つまり、政略結婚って訳だ」

父からそんなことを言われた時、私は思わず手が出そうになったが、私では父には勝てない。

「あと、今日もヒロアキたちがお前が帰ってきたら部屋に来るようにと言っていたぞ」

「ッ!?」

その瞬間、私の中に刻まれた確かな恐怖がひたすらに蘇った。

その時、『ゴンゴンゴン』と扉が叩かれた。

「誰だ」

「ヒロアキです。入ります」

扉を開けて兄が部屋に入ってきた。

「妹との話は終わったのか、父さん」

「ああ、伝えることは伝えた。あとはこいつ次第だ」

「じゃあ、今日はいいよね?」

「ああ、目障りだから連れて行け」

そう言われ、私は少し傷つきながら、兄に腕を引っ張られて兄の部屋へ連行された。





「お?やけに大人しいと思えば、もうこの運命からは逃れられないと諦めているのか!!」

私は兄にベッドへ投げられる。

「きゃっ!!」

ベッドが柔らかくても、あくまでも私は女だ。

男からすれば軽いし、特にコイツからは舐められている。

「さてと、忘れていないだろうな。この時間からお前は僕の玩具だ。逃がして貰えると思うなよ」

さっき投げられた痛みで私が抵抗出来ないのをいいことに、兄は私の手を柱についていた手錠で縛った。

金属ではあとが目立つと理解しているのか、布タイプの手錠だけど、普通に取ろうにも取れない。

「さてと……、一年振りの妹だ。可愛がってやるよ!!」

そこからは、思い出したくない。

私は結局日曜日の昼過ぎまで兄に監禁された。

そこから急いで荷物を準備し、家を出た。

本当に実家は嫌いだ。

でも、今は大事な人がここにいる。

私の中で安心して眠ってくれている。

それだけで、私は生きているのだ。

「寝坊助なご主人様、どうかいい夢を見れますように」

そう呟き、私はベッドから出て、自分の部屋に戻った。













朝、目を覚ますとそこにはもう既に小春はいなかった。

寂しい気持ちと、当然という気持ちが重なり合って、結局虚しくなっていた。

どうして僕はこんなにも弱くなってしまったのだろうか。

どうして僕はまだ誰かに希望を抱いてしまっているのだろうか。

僕を好いてくれる人、僕が好きになりたい人、どこにも行って欲しくない。

そんな一言を今日も言えない僕らの、少しだけ大人になれるまでの物語。

そんな物語が、僕らの物語なのかもしれない。

そんな妄想にふけながらも、僕は制服に着替え、髪を整え、弁当を持ち、今日も学校へ向かうのだった。

「よそよそしいの欠けらも無いな……」

ガチャっと、鍵を閉める。

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