花屋ヒニヨル

石の上にも残念

花屋ヒニヨル

青い丸い屋根の小さな家。

きのこのように生えた煙突からは、白い煙が綿あめのように昇ります。


家の扉の前には一枚の看板が立っています。

『花屋ヒニヨル』


普通の家にしか見えないここは、街でたった一つの花屋です。

しかし、花は見えません。


――カチャ――

ドアが開きました。

「水やりにゃー」

じょうろを片手に出てきたのは茶色い猫。

二本足でちょこちょこ歩く、鼻の頭が黒い猫。


花屋ヒニヨルの店主、ヒニヨルさんです。


ちょこちょこ歩くと、裏の庭に回ります。

裏庭には、なるほど一面の花畑――


――ではなく、マタタビが咲いています。


マタタビが好きなのです。


「キウイも好きにゃ。サバもにゃ。でも一番好きなのは鶏の唐揚げにゃ」


ヒニヨルさんは自慢げに胸を張ります。



☆☆☆



「……」

昼過ぎ、花屋ヒニヨルの看板を見つめる老パグ紳士が一人。

「……」

その老パグ紳士を後ろから見つめるヒニヨルさん。

「……」

「……」

老パグ紳士はヒニヨルさんに気付いていません。

ヒニヨルさんは気付けとばかりにその背中に視線を送ります。


「………」

「………ご用かにゃ?」

気付いてもらえなかったので、声を掛けました。


老紳士は1mぐらい飛び上がりました。

その姿はまるで猫のようだった、とはヒニヨルさんです。



☆☆☆



「くちん!」

ヒニヨルさんがくしゃみを一つ。

「悪いにゃ。風があるとくしゃみが増えるにゃ」

「いえいえ。花粉症ですか?」

「猫アレルギーにゃ。風で毛が飛ぶとくしゃみが出るにゃ。大丈夫にゃ」

「……そうですか」

「まあ、座るがいいにゃ」

そう言って、家の前にある椅子とテーブルのように並んだ石を指します。


「はい。ありがとう」

老紳士が適当な石に座ろうとします。

「あ、それはダメにゃ。表面がボコボコしてて座りにくい残念な石にゃ。こっちのほうがいいにゃ」

「そうですか」

老紳士は表面がツルッとした石に腰掛けます。


「で、花を探してるのかにゃ?」

「ええ。妻に贈ろうかと」

「なるほどにゃ。喜ばれるのにゃ」

ウンウンと腕を組んで頷くヒニヨルさん。


「お花を見せて頂けますか?」

「うんにゃにゃ。花はないにゃ」

「え?」

「贈りたい人の話を聞いてから花を用意するにゃ」

「はぁ?」

「どんな人なのか、何で贈りたいのか、話せるだけ話すのにゃ」

「……ほう?」

「長くなっても大丈夫にゃ。唐揚げもあるにゃ。食べるのにゃ」

そう言うと、ドンと山盛りの唐揚げを目の前の石に積み上げました。


老パグ紳士は、ポツポツと語り始めます。

最愛の妻との出会い、そして、哀別を。



☆☆☆



「にゃおにゃお」

号泣するヒニヨルさん。

「恥ずかしいものですな」

老パグ紳士は、どこかすっきりした顔をしていました。

「にゃおにゃお。いい話だったのにゃ。分かったのにゃ!」

涙をくいっと拭うと、ピシッとした顔になります。

真面目な顔でヒゲに付いた唐揚げの欠片を摘んで、手を舐めました。


もう一度、手を舐めました。


「花を用意するのにゃ!」


強く宣言すると、ヒニヨルさんは立ち上がります。


「家の中にあるんですか?」

老パグ紳士が扉を見ます。


しかし、ヒニヨルさんは首を横に振ると、扉の前にあった土だけ入った小さな鉢を手に取ります。

そして、ゴロゴロと喉を鳴らします。


「ヒニヨルヒニヨル花が咲く」


そして、静かに歌い始めました。


「晴れるも降るも風まかせ

 笑うや泣くやそれは気まぐれ

 赤い夕暮れ白い雲

 青い小川に黄色い太陽


 移ろう心を花映す

 寄り添う心は花に添う


 日による 日による 花よ咲け」


歌い終わるとにゃーっと鉢を頭の上に掲げます。


――ぽん――


すると、鉢の中に色とりどりの花が咲きました。


「これは、お客さんと奥さんの思い出の色なのにゃ。色んな色があるのにゃ」

鉢から生えた花を、手早く花束にすると老パグ紳士に渡します。


「ありがとう」


老パグ紳士は、花束を受け取ります。


「きれいな花ですね」

花束の匂いをかぐと、相好を崩します。


「お客さんの思いがきれいなんだにゃ。行って上げるのにゃ」

ヒニヨルさんは、手を振って老パグ紳士を見送りました。


「今夜はサバにするにゃ」

ヒニヨルさんは、満足そうに家の中に入っていきました。



☆☆☆



花屋ヒニヨルは不思議な花屋。

お花のない不思議な花屋。

ヒニヨルさんが話を聞いて、素敵な花を咲かせる花屋。






----------


あとがき的なもの。

先日、良くして頂いてるヒニヨルさんを見掛けたら、楽しそうなことをやってたので、ちょっと真似っ子しました 笑


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花屋ヒニヨル 石の上にも残念 @asarinosakamushi

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