エアロックの向こう
登美川ステファニイ
エアロックの向こう
エアロックの向こうであいつが叫んでいる。しかし外はもう真空なので聞こえるはずもない。だが何を言っているかは想像がつく。
許してくれとはいわない。これが俺の仕事だ。お前を無事に地球に送り届けるためには、これがベストだった。
「やってくれたな」
一番聞きたくなかったやつの声がする。振り返ると、剣を抜いたそいつの姿が見えた。赤くて悪目立ちするボディスーツを着ているなんてやつ以外にはない。
距離は一〇メートルといったところか。背後から襲ってこないあたりにやつの律儀さが伺える。
「言っただろう。これが俺のビジネスだ」
俺が答えると、奴はゆっくりとこちらに近づいてくる。顔も名前も知らないが、相当おかんむりなのは想像がつく。
「今更俺を斬って何になる。もう終わりだぜ。このステーションは終わりだ。俺たちが炉心を破壊したからな。直に宇宙のデブリになる」
「お前のような輩を生かしておくわけにはいかない。斬って地獄に叩き落としてやる」
「俺が地獄行きなのはとっくに決まってるぜ。わざわざあんたの手を煩わせるまでもない」
奴は答えない。問答無用ってやつだ。俺は残弾を確認しながら銃を奴に向ける。残っているエネルギーは七発分。百発あったって足りないくらいだが、まあしょうがない。これでやるしかない。
「いざ参る」
奴が剣を両手で持ち、顔の横で真っ直ぐに構える。そして突進してくる。これで俺の仲間が何人もやられた。今度は俺の番か。
こちらも真っ直ぐに奴を撃つ。しかし馬鹿げた反射神経で奴はその銃弾を叩き落とす。それは計算済みだ。
続けて連射する。弾は次々に弾かれて壁にぶつかっていく。仕上げに、俺は残る弾を全弾壁に撃ち込んだ。
奴は足を止めた。俺の攻撃を訝るように。
「貴様、何のつもりだ」
「何のつもりって、こういうつもりだよ」
壁の配管が突如火を吹く。そしてその炎が奴の体を焼く。
「ぬう!」
奴はたまらずに後方に飛ぶ。そうだ、それでいい。
「こんな小細工で私を倒せるとでも?」
奴がまた剣を構える。今の炎で死ぬとは思っちゃいない。何せ頑丈なスーツらしいからな。だが壁の方は、思ったより脆いようだぜ?
火を吹いた壁が急激に壊れ始める。部品が千切れ、そして完全に折れ曲がっていく。奴の姿が見えなくなっていった。通路が自重で折れたのだ。
折れ曲がった壁の向こうで、きっと奴は叫んでいるだろう。しかし空気が抜けてその声も聞こえない。聞くつもりもない。
「さて、これで静かに死ねるってわけだ」
残っているエアは三〇分程度。長いのか短いのか。弾は打ち尽くしたし、自決することもできない。酸欠で哀れに死んでいくのが俺の最期ってわけだ。
悔いがないかといえばそうでもない。リタイアしてのんびり過ごす俺のプランは消え去った。しかし……それは今となってはどうでもいい。
あいつが……無事に地球にたどり着いたかどうか、それを見届けられないのが残念だ。しかしあいつならうまくやるだろう。そうでなければ困る。
俺は壁にもたれかかり銃を捨てる。重力も消え始めた。ステーションはいよいよ終わりのようだ。この様子だと、エアが尽きるより先に爆発で死ぬ。そっちの方が楽でいいか。ま、どうでもいいぜ。
そう思った矢先、凄まじい振動が俺の背に届く。崩壊し始めたのか? そう思い周囲を見回すと、エアロックの部分が大きくひしゃげていた。不自然な壊れ方だった。そしてエアロックの部分はさらに破壊され、その向こうの宇宙が素通しになった。
「あんた、いるんでしょ! 返事しなさい!」
「何だと……」
幻覚や幻聴を見るにはまだ早いはずだ。俺は嫌な予感と共にエアロックに近づいていく。
外には大型の重機がいた。その操縦席に……あいつがいた。
「言ったでしょ、手を離さないでって。今度私を放り出したら、許さないから!」
通信が耳元で響く。相変わらずうるさい女だ。
どうやら俺は、また死に損ねたらしい。
エアロックの向こう 登美川ステファニイ @ulbak
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