初めて叱られた日
「ディナ、ミセラ。よく聞きなさい。」
先週、初めてウスルさんに叱られた。通っては行けない裏路地を使ったから。
街の長であるウスルさんの演説を離れたところから見たことはあったが、あの迫力で叱られるのは正直応えた。ミセラは呑気なもので自分たちだけがあの通りを使えないのはおかしいって食い下がってたけどね。
何より応えたのはいつも私たちを遠くから見守っているメイドのサーヴェさんも叱られたこと。私たちが自室に帰された後も長い間「どうして黙って行かせたんだ」と叱られていた。当のサーヴェさんが「だってご友人と一緒に楽しまれてましたから」なんて飄々としていたのがせめてもの救いだった。
私たちは通っても良い通りが決まっている。その日だってガキ大将のセントが裏路地を通ろうとした時、私は奴隷だから行けないって断った。そしたらセントが「奴隷なんて関係ないって!友達だろ?怖いなら俺の腕掴んでて良いから」なんていうから、その言葉がちょっと嬉しくて舞い上がって決まりを破っちゃっただけなのに。ていうか、サーヴェさんに見られてたとしたら恥ずかしくて死にそうかも。
あれだけ怖かった裏路地も通ってしまえばなんてことはなかった。ウスルさんが絶対に通るなって言うから使ってこなかったけど、屋敷に帰るのに遠回りをしてきた自分がバカらしくなっただけ。それより裏路地を抜けた先でたまたま鉢合わせたウスルさんの表情が一番恐ろしかったかも。
それから3日後、ウスルさんに食事後に書斎に来るように言われた。私とミセラがウスルさんの書斎を尋ねると、用意してあった椅子に私たちを座らせ、ウスルさんは跪きながら喋り出した。
「ディナ、ミセラ。よく聞きなさい。」
そう切り出したウスルさんはどうして私たちが通っては行けない通りが街にあるかを語りだした。
「二人が奴隷の身分であることはわかるね。寛容なこの国でも本来、共通奴隷には人権がないんだ。君たちが危害を加えられたとしても今の法では罪にならない。だからこそ二人を守るためにルールを定めたんだ。大通りなら僕たちのことを知ってくれている人たちが二人を守ってくれる。奴隷具が無くても二人が僕の庇護下にあることは君たちが小さな頃から僕が示してきたからね。」
実際、ウスルさんは私たちを街に連れて行くことは多かった。おかげで街の人は私が奴隷にも関わらずよくしてくれる。それにウスルさんの使いとして野暮用をこなすことだって多い。きっと私たちがウスルさんに庇護されていることをアピールするためだったのだろう。でもそれならもっと簡単な方法はあったはずだ。
「じゃあなんで僕たちに奴隷具をつけないの。それさえあれば僕たちのことを法的に守る抑止力になるはずでしょ?」
ミセラがそう言うと、ウスルさんは困った顔で言った。
「それは許されることじゃない。本来、君たちは奴隷として扱われるべきじゃない。」
ウスルさんは困った顔をして、少し待っていなさいと言って部屋を出て行った。ウスルさんが出て行った部屋でミセラが私にどう思うか聞いてきた。
「実際、奴隷具をつけるかどうかなんてどっちでも良いんだぜ?だって僕らがウスルさんの奴隷である事は変わりないんだし、それなら奴隷具一つで理不尽な不安を取り除けるなら安いだろ」
私もミセラの意見に賛成だった。どうしてウスルさんが私たちを正式な奴隷とすることを避けるのかわからなかった。
しばらくして部屋に戻ってきたウスルさんは「見なさい」と一言だけ言って手に持つ奴隷具をを私たちに手渡した。
「奴隷具は一般的な拘束具とは違う。家畜や獣とは違って知性のある人を囚えるための器具なのだ。取り付けた瞬間から鋭く太い針が肉体に食らい付き、常に痛みを与え続ける。無理に外そうとすると針の返しがが君たちの肉体を引き裂く。そうして一生消えない奴隷紋としてその傷跡は残る。最も残酷なのは奴隷を逃さないための毒だ。所有者は奴隷具を定期的に規定の手順で手入れする必要がある。一定期間怠られると奴隷具から猛毒が流れる。」
息を呑む私たちから奴隷具を取り上げながらウスルさんは続けた。
「慈愛神の教えは好きだ。多少の異端教はありながらも概ね人の善を信じる心地よい教えだと思う。だが、奴隷制は好きじゃない。人間が同じ人間に赦しを請い請われる。女神に成り変わったつもりなのだ。滑稽としか思えない。だが、そんな構造の中で君たちは奴隷として生きなければならない。だからこそ、私は一人の父親として君たちに全てを与えたい。学問も生きる術も情も知恵もだ。」
隣でミセラが泣いていた。彼は意外と賢い。ウスルさんの強い語気が厳しさではなく決意の表れということを理解している。気まずくてミセラから目を逸らすと、ウスルさんの視線が真っ直ぐ私に向いていることに気づいた。
「君たちが僕を家族と認めてくれる前に伝えるべきことがもう一つある。ディナは以前私に聞いたね。その頬の奴隷紋の理由を。」
瞬間、扉を開けてサーヴェさんが入ってくる。「ウスルさん。その話は早いのでは?」
「良いんだ。二人はもう10歳になる。わかるだろ。大人になった後に抱いた父への疑念は二度と拭えない。全ては二人が決めることなんだ。」
そう言ってウスルさんが話しだしたのは私達の生まれだった。ミセラが元国王様の子供で私が兵士長の娘らしい。サーヴェさんはウスルさんの話の間ずっと怖い顔をしている。私は頭を働かせて現実を飲み込むのに必死だった。この国の過去を話終わった後、ウスルさんは私たちをじっと見ていた。ミセラがウスルさんの胸に飛び込んだときにようやくハッとした。私はこの国でウスルさんの子供として生きていくのだということに。それが罪だけを背負って生きてきた私たちに与えらた唯一の選択肢だということに。潜り込んだウスルさんの腕のなかでじっとしていた。部屋にはミセラがすする声だけが残っていた。
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