呪い

no name

呪い

「末代まで祟ってやるって、よく言うじゃない?」

 人が疎らにいる午後のカフェテラスは穏やかな時間が流れている。平日ということもあり、満席とはいかないが、席に着いている客人はそれぞれ他愛もない話に花を咲かせている。春の陽光を浴びながら向かいに座っている彼女は静かに珈琲を啜っていた。雑談が柔らかい風に乗っていき、内容は耳の奥へと馴染むことはなかった。

「祟るって要は呪うことなんだけれど、一人の呪詛程度でそこまで呪うことなど出来るんだろうかね」

 目を伏せながら綺麗な髪を靡かせて彼女は続きを持ち出した。その優雅な姿勢をじっと眺めていると、切れ長の目がこちらをちらりと見てふっと、微笑んだ。諦めたような、どうしようもない笑顔だった。

「でも鵲(かささぎ)さん、現に呪ったんですよね?ちゃんと相手に末代まで呪ってやるって一言一句間違いもせずによく聞く台詞を言って」

「言ったけど?」

「呪いの方法は知りませんけど、ちゃんと効力あったんですよね?ちゃんと末代でその人の家系終わったんですから」

「まだ分からないよ」

 何故です?と、彼女の目を見て聞く。彼女はもう一口珈琲を啜った後、私を見つめ返した。余裕があるように肩肘をついて、ゆっくりと息を吐いてみせた。

「あなたがいるもの」

 風が頬を撫でる。暖かいはずの気温が心なしか冷たくなったような気がして息を吸った。肺に満ちる空気は春そのものだった。

「裏切りませんよ。何を言ってるんですか。あなたの話を聞いて一番悪いのは十中八九私の身内なんですから。私で最後です。鵲さんにおいたをする者は誰であろうと許しません」

 頼んでいたケーキセットが漸く届く。お礼を言い、早速ケーキへとフォークを突き立てるが、その前の話が残り香のように付き纏ってくる。あまり味がしなかった。

「私は、鵲さんと一生一緒にいます。惚れた弱みってやつです。あなたを泣かせる存在が未だにあなたを傷付けるのならば、私は私自身を呪って永遠を生きましょう。あなたがかつてそうしたように」

 臆することなくそう言い切り、一気に残りのケーキを平らげた。午後からの部活に乗り遅れてしまう前に急いで席を立つ。行儀は悪いが、淹れたての紅茶も口の中に放り込んだ。熱くて舌が火傷しそうになったが、時間にルーズな自分が一番悪い。こんなところを治していかなければ彼女に愛想を尽かされてしまう。それだけはなんとしてでも避けたかった。

「好きです鵲さん。あまり自分を責めないで……いえ、そんなことはないとはないですねあなたのことならば。他人を恨んでください。できるならば、その恨みは私に向けてください。今正に私はあなたの側を離れようとしているのですから。離れたくありませんけれど」

 一気にそう捲し立てるように言って、彼女の手を取る。甲に唇を一瞬だけ落とし、名残惜しくもその場を後にした。ベタなことをした、と思ったがあまり後悔はしていない。テラス席から飛び出して学校へと足を向ける。そんな私の背後から「末代がなに言ってるんだか」と小さく聞こえた。居ても立っても居られず「愛してます!」と叫んでしまった。きっとあとでどやされる。とっぷり陽が沈み青みがかった夜の一室でぐちぐちと小言をぶつける彼女の姿が目に浮かぶ。それが楽しみで仕方ない。ぐっ、と握り拳を作る。呪いたい相手に感謝をせねばいけない倫理観の欠如にどうしようもなく、厭な女なのだと改めて思った。

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呪い no name @gunyuukakkyo

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