04. 謎の配信者

 明日は、2限目に胡桃ことう先生のゼミがある。先生は、サブサハラ・アフリカ(サハラ砂漠より南にあるアフリカ地域)で発生した大規模暴力――紛争や暴動――の後の、人びとの間の和解に関する研究をしている。そして、ぼくの研究を指導してくださっている。


 この本の続きは、明日の朝に読むとして、そろそろ眠ってしまおう――と、そこでふと、今日のことを思いだす。『グローリア』のカードとパックを買っていった、藍染あいぞめ先生のこと。そして、少しくらい、このカードゲームの知識を蓄えようと決めていたことを。


 調べてみると、対戦動画やルールの解説動画のほかにも、開封動画というものがあった。パックを開封しているところを配信している。いままでの人生で、一度もパックを購入した経験がない。だから、プロのプレイングを研究したり、ルールをつかんだりするより、開封をしているところを見てみたいと思ってしまった。


 スクロールをしていると、こんな時間に「ライブ配信」をしている配信者がいた。概要を見ると、登録者の数は二桁で、アップロードされているのは、開封動画だけだった。それゆえにというべきか、強い好奇心がき起こった。


 同時視聴者の数は3人という「ライブ配信」のサムネイルをクリックすると、ちょうどこれから開封を始めるところだった。パックも5つしかないらしいので、すぐに終わりそうだ。


 黒色の手袋をはめて、手元だけを映している。そしてどうやら、ボイスチェンジャーを使っているらしい。くぐもった男の人の声は、不自然な響きをしていた。


 龍のようなモンスターが描かれたマットに、上のあたりをはさみで切ったパックが置かれている。そしてその中のひとつを手に取ると、画面の外へと持っていく。次に現れたときには、配信者の右手にカードの束が収まっていた。


【それでは! 新シリーズのパックの開封をはじめまーす! 狙うのは《Accident Judge》でーす! いやー! 楽しみ!】


 やたらテンションの高い配信者は、カードを1枚ずつ下にスライドさせてめくっていく。


【さーて! 十枚目! このパックのレア枠は……】


 じらすように、少しずつ九枚目のカードをスライドさせていく――と思ったら、【やっぱり下からいくね!】と、なかなか「レアカード」を見せてくれなかった。


【ああ……このフレームはスペルじゃなくてモンスターだね……次いこう、次】


 意気消沈とした配信者の声。いままでの慎重さはどこへいったのやら。さっさとめくってしまう。そして、次のパックを手に取る。


 このかわりえのない所作を、ぼんやりと眺めていた。しかし最後の1パックとなったとき、この配信者に感情移入をしている自分を見出した。


【待って! これ、フォイル入ってる!】


 フォイル――平たくいえば、きらきらと光っているカードだ。珍しいカードらしいのだけれど、必ずしも価格が高いわけではないとのこと。これは、ぼくが『グローリア』に対して抱いている疑問のひとつだ。


 きらきら光っているカードはまだ見えていないのに、なぜ封入されているのが分かるのかといえば、配信者いわく――


【だって、コモンとアンコモンを合わせて、8枚しかないもん! いち、にい、さん……はちっ! ほらっ! あとは、レア1枚と、フォイル1枚ってこと!】


 ひとつのパックで、どのレアリティのカードが何枚入っているかは決まっており、ひとつのタイプの個数が足りないのは、特別なカードが入っていることの証拠――そういう理解でいいのだろうか。


【さて、さて。フォイルはなんだろうなあ。おっ、おお? 《Accident Judge》じゃない?】


 まだ1センチくらいしかスライドさせていないのに、下にあるカードの中身が大体分かるらしい。通し番号とかがあるのだろうか?


【きちゃー! きましたわー! わーー!】


 いままでにない叫び声のせいで、ボイチェンが外れてしまっている。

 あれ? どこかで聞いたことがあるような声なのだけれど……気のせいだろうか?


【えっ、えっ! ほんとにっ? 《Accident Judge》のフォイルが当たったの? やったっ!】


 こういうときは、お祝いか嫉妬のコメントが流れるものだと思っていたのだけれど、いつの間にか視聴者は、ぼくひとりだけになっている。このひとは、視聴者数とか登録者数とか、そうしたものを気にしないのだろうか。


【さっそく、スリーブに入れまーす!】


 うきうきと鼻唄をうたいながら、傷つかないようにと、カードをスリーブに入れはじめた。手袋だと難しいのだろう。ささっと脱ぎ捨てた。配信をしていることを忘れているんじゃないか。というか、この手にも見覚えがあるような、ないような……ううん。


【ふっふふーん! ふふーん!】


 かなりご機嫌の配信者。ボイチェンが外れまくっている。

 すると突然――


『ウカ? もうちょっと静かにしてくれる?』


 と、配信者をたしなめる、男の人の声が聞こえてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る