俺の愛馬

「おお、気に行ってくれたんだな!」


「良かったね、フェンネちゃん」


「ん?こいつメスなのか?」


 ヒヒーン!


「わっ、暴れるなよ。俺、馬見る機会ほとんどなかったから知らないんだって!」


 ブルル


「ふぅ~」


 俺の言葉が通じたのかフェンネは体を真っ直ぐにして立ち止まった。


「ダメですよ、ロウ様。女の子にそんな言い方しちゃ。ね~、フェンネ」


 うんうんとフェンネがキャロルに首を持っていく。ううむ、まだまだキャロルの方が主って感じだな。


「よし、馬が決まったようだな。簡単に歩くか」


「えっと、もうできるのか?」


「ああ。ただし、先に説明を聞いてからだ。キャロル、頼む」


「はいっ!じゃあ説明しますから一度フェンネから降りてください」


「ああ。フェンネ、ちょっとその辺でゆっくりしてくれ」


 ブルル


 体を低くして降りやすくしてくれると、フェンネはその辺の草を適当に食みながら立ち止まった。


「では説明いたしますね。まず、乗る時の注意ですが、体の後ろには近づかないでくださいね」


「なんでだ?」


「馬の脚力はすごいですから、ちょっと機嫌が悪い時に蹴られると、死んじゃいますよ」


「えっ!?」


「あぶみは鉄だからな。鉄のハンマーで殴られると思えばいい」


「思えねぇよ、セドリック…」


「ですから、どんな時でも横か前からですよ。それと、乗ってからできるだけ体に当てないようにしてください。特に足を体に当てないようにお願いします」


「でも、方向を変える時とかスピードを上げる時はやるんじゃないのか?」


「それは実戦とか限られた場合で普通に乗る分には手綱で間に合います。最初に歩き始めの指示をするのに軽く腹を蹴るぐらいですね」


「そうか。まあ、フェンネは頭もいいみたいだし、言えば聞いてくれるかもな」


「そういう馬もまれにいますが、基本として覚えておいてくださいね」


「ああ」


 それからも注意事項を聞いて、再びフェンネにまたがる。


「おおっと!やっぱりまだ乗るのに慣れないな」


「こればっかりは回数ですからね。でも、パートナーとしていい感じだと思いますよ」


「そうか?なら、しばらくは毎日通うよ。仕事がなければだけどな…」


「分かりました。手配がありますからしばらくはこちらの厩舎までお願いします。そのあとは騎士団用の厩舎に移動させますから」


「分かった。よっと、もうちょっと今日は乗ってくな」


 それから2時間ほど適当にその辺を歩いたり、降りて草を食べるフェンネを見たりしていた。


「じゃあな、フェンネ。また来るよ」


 ヒヒ~ン


「ふっ、気に入られたようだな」


「良かったぜ。ちょっと不安だったからな。それにしても…」


「どうした?」


「いや、俺が馬に乗れないと思ってマリナ辺りが見に来ると思ってたんだけどな」


「姫様はリタに話をしに行っている」


「リタに?まあ、病み上がりだし、気になるんだろうなぁ」




 そんな話をした翌日、俺もリタの見舞いに行ったわけだが…。


「リタ、元気にしてるか?」


「おお、飯も食わずに引きこもってた、ロウじゃないか!」


「は?なんでお前がそのことを…」


「昨日、殿下に聞かされたのだ。話を聞いた時は笑いが止まらなかったぞ!」


「笑うなよ!こっちは本気で落ち込んでいたってのに」


「はははっ、悪い悪い。だが、お前がそんなに落ち込むなんて想像したらな」


「当たり前だろ。俺をかばって重傷を負っただけじゃなく、変なものまでもらったって聞いた時の俺の気持ちを考えろよ」


「ふっ、そうだな。ありがとう」


「きゅ、急に殊勝になるなよ」


「こんな態度だが、本当にお前には感謝しているんだ。魔物を倒してくれたことも私を助けてくれたこともな」


「改まんなよ。恥ずかしいだろ」


「もうしばらくの辛抱だ。動けるようになったら…」


「な、なったらなんだよ?」


「剣の稽古をつけてやるからな」


「げっ、本当にやるのかよ」


「当たり前だ。騎士として帯剣をしなければならないことは多いからな。剣を構える時にお前だけ剣に振り回されていては笑いものになってしまうだろう」


「乗馬と言いやることが多いぜ」


「そういえば、馬はどうだったんだ?まさかまだ決まってないとか言わんだろうな?」


「心配すんな。ちゃ~んといいやつが見つかったよ」


「本当か?あれだけこの前は乗れないと喚いていたのに」


「別に騒いだわけじゃねぇよ。未体験で馬に乗れっていう方がおかしいだろ?」


「まともなことを言うではないか。結局どの馬に決めたんだ?」


「ん?ああ、フェンネに決めた」


「フェンネは名前だろ、馬鹿者。私も厩舎はたまに覗くがどの馬になったか聞いているんだ」


「ああ、そういやキャロルも名前は後でつけるって言ってたな。葦毛の馬だよ」


「は?あの黒い斑点があって白っぽい馬か?」


「そう、その馬」


「よく乗る気になったな。何人もの新人騎士を振り落としてきた奴なのに…」


「げっ!フェンネってそんな暴れ馬だったのか。キャロルのやつ今度行ったら文句言わないとな」


「今年で確か4歳ぐらいのはずだが、去年はひどかった。体格もいいし、あの繊細な毛並みも相まって新人騎士のハートをつかんだからな」


「んで、昨日まで残ってたってことは…」


「ああ、誰も乗れなかった。それこそ、乗馬が上手いと言っていたやつですらあぶみに足をかけるだけですぐに振り落とされたと聞いたな」


「へ~、俺もそれされたけどなんとか耐えたぜ!」


「耐えた?お前、どうやって乗ったんだ?」


 リタはフェンネのことが気になるようだったので、俺が乗った時のことを話してやった。


「お前というやつは…私が怪我をしているんだからもう少し気をつけろ。2人も護衛騎士が怪我をしているなんて、外聞が悪くなるだろう」


「いや~、だってフェンネのやつがぶんぶん降りますからさ。怖くなって手なんて放せね~よ!」


「まあ、気持ちはわからんでもないな。手を放すのも最初は勇気がいるだろう」


「そうなんだよな。鞭みたいに地面にたたきつけられるんじゃないかって思うとどうしてもな。手綱を持ってる間も叩きつけられはしてたけど、そこまでじゃなかったし」


「それなりには痛かっただろう?」


「まあな。でも、ヴァリアブルレッドベアーに引っかかれた時に比べれば断然ましだぜ!」


「あんな大物と比べるな。フェンネがかわいそうだろう」


「その後は仲良くなったからもうそんなことはないぞ。歩くぐらいなら昨日でできるようになったからな」


「それは殿下が悔しがるだろうな」


「マリナが?」


「ああ。どうせ昨日一日ではろくに乗れないだろうと言っておられたからな」


「あいつめ。俺とフェンネのコンビネーションを見せてやるか…」


「大人げないぞ」


「コホン。リタ様、楽しまれているところ申し訳ございません。そろそろお時間です」


「もうそんな時間か?来てくれてありがとう、ロウ」


「いいって。俺もリタと話せてよかったよ」


「そ、そうか?あと5日は動けないからまた来てくれ」


「おう!それじゃあな」


 リタに手を振って病室を出る。護衛の仕事も剣も振れないから落ち込んでるかと思ってたけど、案外元気だったな。


「お?ロウか。お主ひょっとしてリタに会ってきたのか?」


「マリナ。さっきまで面会してた。時間だって出されたけど」


「なんじゃと!?それなら、午後に行くしかないのう。できれば行く時は声をかけよ。わしが話せんではないか!」


「あっ、そうか。面会時間で一人ずつじゃないんだな」


「当たり前じゃ。全く…それはそうとロウよ」


「ん?」


「ちゃんと馬には乗れるようになったんじゃろうなぁ?」


 にやにやと笑みを浮かべながらマリナが聞いてくる。こいつは…さっきのリタの話、もしかして主の手前遠慮して言ってたのか?


「当たり前だろ?何なら今からでも見せてやれるぜ」


「ほぅ。では見せてもらおうか!わしも乗馬はできるからのぅ。楽しみじゃ!」


 こうして、セドリックを護衛に付けて俺たちは厩舎へと向かった。

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